「夜中でも朝でも、フィラメント切れやエラーのメールが届くたびに、工房まで走って直していました」。そんな生活が去年の年末、ぱたりと終わりました。天井近くまで作品がひしめく工房の一角で、いま3Dプリンターは黙々と動き続けています。文句ひとつ言わずに。
この工房の主が、映画やドラマの小道具・装置を手がける造形師のわたるさん。20代後半で映画業界に入り、粘土とFRPの時代からキャリアを積んで、現在はFDM・光造形・3Dスキャナーを駆使して制作しています。SK本舗とは5〜6年来のお付き合いになるユーザーさんでもあります。
撮影で実際に使われる銃、俳優が身につける装備品、特殊メイクの型。いち早くデジタル造形に踏み切った理由から、撮影現場のリアルな納期事情、これから始める人へのアドバイスまで、工房でたっぷり伺いました。
この記事でわかること
- 映画小道具の制作現場で3Dプリンターがどう使われているか
- 粘土・FRP中心の現場からデジタル造形中心に移行した理由
- プロが感じたFDMプリンター(Bambu Lab)導入前後の変化
- 撮影現場ならではの素材選び・納期・安全性の考え方
- AMSは本当に必要か。プロの現場での実感
- これから3Dプリンターを始める人へのプロからのアドバイス
| 数字で見る わたるさんの現場 | 数値 |
|---|---|
| 3Dプリンター歴 | 約10年(2015年頃のFDM機から) |
| FDM機の稼働時間 | 2,000時間超(ほぼ無休で稼働) |
| 特殊メイクの型取り時間 | 丸1日 → 最短15分程度(3Dスキャナー導入後) |
| 納期の実例 | 3日(出力→型取り→複製・納品) |
プロフィール:映画好きが高じて造形の世界に魅了され、気がつけば作る側に
工房は、棚という棚が作品と資料、コレクションで埋め尽くされています。壁一面には劇中の銃、通路の先には見上げるほどの異形の造形。この場所がどうやって生まれたのかを聞くと、意外な答えが返ってきました。
―― まず、現在のお仕事について教えてください。
わたるさん「各種映像作品の小道具、装置の制作に関わっています」
―― これまでで印象に残っている制作物はありますか?
わたるさん「実写映画で使った銃などでしょうか」
―― もともと修行してこの世界に入られたわけではないと伺いました。
わたるさん「たまたま入っちゃった、という感じなんです。もともとコレクションを集めたお店を営業していて、好きが高じてコレクターがお店になって。そうこうしているうちに、出会ったお客さんに映画関係者の方がいて、いろいろと造形について教えていただくうちに、業界に足を突っ込んで今に至るという感じです」
―― 映画のデビュー作は?
わたるさん「映画だと、昭和の下町を描いたシリーズ作品ですね。3作目くらいまでは、僕のお師匠さんのお手伝いという形で参加しました。20代後半くらいだったと思います。それまでは趣味でプラモデルを作ったり改造したり、ワンダーフェスティバルに自分の作ったものを出したりしているうちに、メーカーさんから『うちの原型をやらないか』と声をかけていただいたり……そんな流れです」
なぜ粘土からデジタル造形へ完全移行したのか
―― 3Dプリンター導入のきっかけは何だったのでしょうか。
わたるさん「もともとは粘土やスカルピーでやっていたんですが、サイズの直しがとても大変なんです。しかも急に『やっぱりこのサイズで!』みたいなこともままあるので、デジタルならさほど苦労しませんし、半分作ってミラーをかければシンメトリーもいけてしまう。
あとはアナログでやっていた頃は作業場が汚れるのと、体に悪い。有機溶剤系をバンバン使うので。子どもも小さかったので、どうしようと。それでデジタルにどんどん移行して、もう10年くらいになります。完全移行したのは5年前からですね」
―― 3Dプリンター歴もかなり長いですよね。
わたるさん「2015年頃のデルタ型FDM機から使っています。その後、解像度を求めて光造形にも手を広げました。当時はレジンを海外から取り寄せていて、1本8,000円から1万円近くした時代です。そこからいろいろな機種を買っては試して、というのを10年続けてきました」
映画の小道具はどう作る?依頼から納品までの工程
01
デザイン
デザイナーが3Dデータを制作する。多くは依頼主側の工程。
02
データ修正・パーツ分割1日目
受け取ったデータを出力できる形に直す。逆テーパーやアンダーカットは計算して分割する。
03
出力1日目
FDM・光造形で原型を出力。余裕があれば先にひな形を出し、質量感や持ち心地を確認してもらう。

04
型取り2日目
出力した原型をもとに、シリコンなどで型を製作する。

05
量産3日目・納品
型に材料を流し込み、必要な数を複製する。

06
仕上げ
バリ取り・表面処理・塗装。磨いて仕上げてから納品する案件もある。

01はデザイナー側の工程。02以降が造形側で、どこまで担当するかは案件によって変わります(型取りできる状態で渡すことも、仕上げまで行うことも)。日数のラベルは本文で語られた「納期3日」案件の実例です。
―― ご依頼から完成までは、どのような流れで進むのでしょうか。
わたるさん「案件によってさまざまですが、基本的にはデザイナーさんが作ったデータをいただき、こちらで出力できるよう修正やパーツ分割をします。
そのままだと型取りできない形状、いわゆる逆テーパーやアンダーカットがある場合は、それを計算してデータを分割し、型取りができる状態で出力してお渡しする。あるいは磨いて仕上げて納品する場合もあります。量産用なのか、撮影用の一点ものなのかで変わりますね」
―― その工程の中で、3Dプリンターが一番活躍する場面は?
わたるさん「納期に余裕があれば、一度ひな形を出して確認を取ってもらえるところです。データを画面で見てもらうこともできますが、やっぱり実物があると全然違う。質量感や持ち心地は、データだけでは分からないことが多いんです。
たとえば銃なら、撮影で映えるようにわざと実物より大きく作ったり、量産版と見栄えを変えたりします。画面越しでは気づけないことが、実物を持てばすぐ分かる。それがすぐ出せるのは非常にありがたいですね」
Bambu Lab導入で「夜中の駆けつけ」がゼロになった
―― 現在メインで使われているFDM機はBambu Labですよね。選ばれた理由は?
わたるさん「信頼している方に『何がいいですかね』と聞いたら『Bambu一択だ』と。本当に間違いなかったです」
取材中には「AMS(多色・多材料ユニット)はいらない」という話も出ていたのですが、水を向けられたわたるさんは「いやもう本当にすみません、その通りでした」と笑っていました。
補足:AMSが「駆けつけゼロ」に効く理由
AMSは多色印刷のためのユニットと思われがちですが、同じフィラメントを複数スロットに入れておくと、印刷中に1本を使い切っても予備スプールへ自動で切り替わり、印刷が止まりません。長時間の造形を夜通し任せられる背景には、この機能があります。詳しくはAMS完全ガイドで解説しています。
―― 導入前と比べて何が変わりましたか。
わたるさん「以前の機種はフィラメントセンサーとカメラをつけて、夜中でもフィラメントが切れたりエラーが出たりするとメールが届くようにしてあったんです。自宅から工房まで10分くらいなので、夜中でも朝でも走ってきて直していました。去年の年末に導入してからは、それが一切なくなりましたね。放っておいても、時間のかかる造形を全部やってくれる。めちゃくちゃ助かっています」
―― 普段の稼働状況は?
わたるさん「ほぼ休みなく動いていると思います。この間、稼働時間が2,000時間を超えていました。まず出力時間を見て、そこから今後の流れをシミュレートして、見積もり・使用量・納期を全部逆算する。OKをいただいたら、それに合わせてこちらの生活も合わせる、という感じです。最近のFDM機は出力予測時間のズレが本当に少なくなったので、納期が読みやすくなりました」
素材の使い分け ABS中心、TPUでFRP置き換えにも挑戦

―― 主に使われているフィラメントは?
わたるさん「いまはABSがほとんどです。僕らは出力後に削ったり塗ったりするのが前提で、寸法精度もそこまで厳密ではない世界なので、正直『何でもいい』という感覚で通販のものをいろいろ買っていたんです。ただ、この間SK本舗さんのABSフィラメントを使わせてもらったら非常に良くて。いまはバッチリです」
―― 用途による使い分けはありますか。
わたるさん「いろいろテストしています。ぶつかる部分にはカーボン入りを使ったり、演者さんが動いたときに伸びる部分にはTPUを試したり。TPUは表面処理に少し課題があって、そこだけですね。
この現場は長年FRPとウレタンが主流なんですが、原型から型を起こして量産する、というステップをもっと減らしたい。TPUも硬さのバリエーションがいろいろあるので、どんどん取り入れていきたいです。現場でそこまでやっている人はまだ少ないので」
―― 映画の小道具ならではの制約もありますよね。
わたるさん「まず金属が使えません。演者さんを絶対に傷つけてはいけないので、そこはうるさく言われます。それから、作り込みすぎると破損したときに直せない。修理ができるところまで考えて作らないとまずいんです。
芯材も工夫していて、ある作品では特殊な製法のFRP、どんなに曲げても折れず紫外線にも強いものを、メーカーさんに提供してもらって仕込みました。ぶれないし、ぶっ叩いても怪我をしない。素材をいろいろ混ぜて、硬さを試しながら作っています」
代表作は実写映画の銃と装備品
―― これまでの制作物で、代表作やこだわった作品を教えてください。
わたるさん「やっぱり、ある実写映画の銃ですね。それから、登場人物が父親から受け継いだ装備品や、腰に下げる道具など、いろいろな装備品をこの時は担当させてもらいました。FDMで出力して、型を取って起こし直して、柔らかくて軽い素材に置き換えています。実物より軽量化できるのも3Dプリンターならではです」
撮影現場の納期はどれくらい?3日で仕上げる小道具制作
―― 撮影現場で求められる品質とは、どういうものでしょうか。
わたるさん「仕上がりはどうしても塗装に左右される部分が大きいので、まず求められるのは『めちゃくちゃな納期でも間に合わせる』こと。気合いです(笑)。
ある案件は納期が3日ほどで、モデリングデータをもらって、1日で出力できる状態にして出力、次の日に型取り、その次の日に必要な数を抜いて納品。シリコンが早く固まるように硬化剤を多めに入れて——入れすぎると型がダメになるので塩梅が難しいんですが——蒸気を当てたりもしました。シリコンは水と反応して硬化が進むので」
「めちゃくちゃな納期でも間に合わせる。気合いです」
3Dスキャナーで「1日仕事が15分」になった特殊メイクの型取り
―― 3Dスキャナーもかなり早くから導入されていたそうですね。
わたるさん「スキャナーの導入はかなり前で、業界でもかなり早いほうだったと思います。特殊メイクなどでその人の顔に合ったものを作るとき、昔はアルジネートという素材を顔に塗って型を取っていたと聞いています。呼吸用の穴を確保しながら進める、丸一日がかりの仕事だそうです。全身の型取りになると、すごい人数で一日がかりだったとか。
それがスキャナーなら、下手をすると15分くらいで終わってしまう。ハリウッドは10年以上前からデジタルスキャンに移行しているので、日本も早くやらないと、と思っていました」
いま挑戦したいのは、SF映画の造形で知られるアーティストの椅子

―― 今後、作ってみたいものはありますか。
わたるさん「ちょうど来月から、あるSF映画のクリーチャーをデザインしたアーティストの椅子の実物大レプリカを作り始めます。本物はスイスの美術館にあって、1脚1,500万円と言われたそうで(笑)。それはさすがに無理なので、資料を見ながらひたすらモデリングして、自分で作ってしまおうと。直径85cmくらいあるので一発では出力できず、分割ソフトで分割して出力する予定です。
もともと実家が大工の建築屋で、こういうものを作るのが好きなんです。家の外観も内装も全部この世界観にしたいんですが、家族には『頼むから勘弁してくれ』と言われています(笑)」
これから始める人へ:『結局はデータ作り。まず買ってみてほしい』
―― これから3Dプリンターを始める方へ、メッセージをお願いします。
わたるさん「結局はデータ作りなんです。機械は本当に良くなりました。昔は『ポンと押せばすぐ出てくる』という勝手なイメージで使い始めると、トラブルだらけでしたが、いまのBambu Labあたりを使うと、そのイメージにだいぶ近づいたと感じます。だから、データ作りを頑張りましょう。
レジンも昔は半分くらい失敗して、ベタベタになってどうするんだこれ、という時代もありましたが、いまはSK本舗さんの原型師用レジンを使わせてもらっていて、失敗はほとんどなくなりました。
いまはデータをダウンロードできるサイトもたくさんあるし、価格も昔に比べてだいぶ手頃な機種が出ています。とりあえず買うだけ買ってみるのは絶対にいいと思います。パソコン1台とプリンターがあれば、昔ならとんでもなくお金がかかったことが、部屋も汚さずにできてしまう。昔から比べたら夢のような世界ですね」
取材中には、いろいろな方が公開している参考データを出力してみるだけでも気づくことが多い、という話も出ました。公開データは 3D DATA JAPAN などで入手できます。
―― なりたいもの、作りたいものを作れるって、すごいことですよね。
わたるさん「たどり着けたときが、一番アドレナリンが出ますね。『よし、きたー!』って。『嫁、見て!』と言っても何の感動も伝わらないんですけど(笑)。『お父さん、まだやってるな』くらいで」
わたるさんにとって、3Dプリンターとは?
―― 最後に。わたるさんにとって、3Dプリンターはどんな存在ですか。
わたるさん「優秀な社員です。文句を言わず、何も言わずにひたすら頑張ってくれて、不具合の原因もすぐ教えてくれます。以前の機種はどこが悪いのか分からず泣きついてばかりでしたが、いまは本当にトラブルがない。優秀な社員ですね」
「優秀な社員です。文句を言わず、ひたすら頑張ってくれて、不具合の原因もすぐ教えてくれる」
よくある質問(映像制作の3Dプリンター活用)
映画やドラマの小道具は3Dプリンターで作れますか?
銃・装備品から特殊メイクの型まで制作されています。多くはFDM・光造形で出力したものを原型に型取り・複製し、削りと塗装で仕上げます。逆テーパーやアンダーカットのある形状は型取りできる形にパーツ分割してから出力します。
プロの造形師が粘土・FRPから3Dプリンターへ移行する理由は?
撮影直前のサイズ変更にもデジタルなら対応しやすく、左右対称もミラーで作れるためです。加えて有機溶剤を多用するアナログ作業の健康・環境面の負担を減らせます。
Bambu LabのAMSはプロの現場でも必要ですか?
わたるさんも「AMSはいらない」と話していたそうですが、いまでは「その通りでした」と評価を改めています。Bambu Lab機とあわせて、放っておいても時間のかかる造形を任せられ、夜中の駆けつけ対応がゼロになったとのことです。
映画の小道具にはどんなフィラメントが向いていますか?
削り・塗装が前提のためABSが中心です。ぶつかる部分にはカーボン入り、演者が動いたときに伸びる部分にはTPUを使い分けます(TPUは表面処理に課題が残る)。
3Dプリンター製の小道具に金属は使えますか?
演者を絶対に傷つけないため金属は使用できません。破損したときに修理できる範囲で作ることも重要で、芯材には折れず紫外線に強い特殊なFRPなどを仕込みます。
3Dスキャナーは特殊メイクの型取りにどう役立ちますか?
従来はアルジネートを顔に塗って丸1日がかりだったといい、スキャナーなら短ければ15分程度で済むようになりました。
これから3Dプリンターを始めるなら何から?
本質はデータ作りです。機械は大きく進化しているので、まず手頃な機種を買い、公開されている参考データ(例:3D DATA JAPAN)を出力してみるところから始めるのがおすすめです。
わたるさんの使用機材・材料
| カテゴリ | 使用しているもの | 主な用途 |
|---|---|---|
| FDMプリンター | Bambu Lab H2S(AMS 2 Pro・AMS HT併用) | ひな形・小道具本体・大型分割出力 |
| フィラメント | SK本舗 フィラメント ABS | 削り・塗装前提の小道具制作 |
| 光造形レジン | SK原型師用スカルプトレジン | 原型制作 |
| 3Dスキャナー | ハンディ3Dスキャナー | 顔・身体の型取り代替、実物の取り込み |
※機材・材料は取材時点(2026年7月)の使用状況です。
プロの現場と同じ環境を試してみませんか
わたるさんが使用しているフィラメント・レジンは上の表から購入できます。まずデータから試したい方、機材から揃えたい方、業務導入を検討中の方は、それぞれこちらへ。
