
形状記憶合金として知られる「ニチノール(NiTi)」は、医療機器やアクチュエーターなどで広く使われている材料。曲げても元に戻る、温度で形が変わるという特性を持つ、非常に魅力的な金属として知られています。
しかし、このニチノールを3Dプリントで製造すると、従来の工業製法に比べて性能が落ちるという課題がありました。
スペインのIMDEA Materials Instituteとマドリード工科大学(UPM)の研究チームは、この問題に対し、材料そのものではなく“構造設計”で解決するというアプローチを打ち出しました。
この研究成果は『Virtual and Physical Prototyping』誌に掲載されています。
3Dプリントしたニチノールの課題
これまでの研究では、3Dプリント製のニチノールは、従来の工業製造品と比べて変形性能が約半分程度に低下することが報告されていました。
積層造形プロセスでは、微細な欠陥や組織変化が生じやすく、その結果、材料がやや脆くなってしまう傾向があります。つまり、「素材としてのポテンシャルを十分に引き出せない」というのが問題でした。
解決策は“素材改良”ではなく“形”
今回の研究チームは、材料成分やプロセス条件の最適化ではなく、ジオメトリ(形状)によって機械性能を高める方法に注目しました。
レーザーパウダーベッド融合(LPBF)方式を使い、織物のように編み込まれた構造体を設計・造形しました。具体的には、
メッシュ構造
球状構造
リング状構造
チューブ状ラティス
円筒形の織り構造
などの、複雑なアーキテクチャを持つニチノール部品を製作しています。
UPMおよびIMDEA Materials Instituteのアンドレス・ディアス・ランタダ教授は、「これまでで最も複雑な織り構造のニチノール」と説明しています。
アルゴリズムで設計する新フレームワーク
この研究の大きなポイントは、アルゴリズムベースの設計フレームワークを導入した点です。
積層造形向けに最適化された設計アルゴリズムにより、ニチノール構造を2つの主要ファミリーに分類して開発しました。
- チューブ状ラティス構造
- 円筒型の織り構造
そして機械試験の結果、剛性、耐荷重性能、エネルギー吸収能力、靭性(タフネス)などの特性が設計のみで大きく調整できることが分かりました。
これらの特性が、数桁レベルで変化可能であることが確認されています。つまり、材料の成分を変えなくても、「構造を変えるだけ」で性能を自在にコントロールできるということです。
CTスキャンで精度も検証
さらに研究チームは、造形後のサンプルをコンピュータ断層撮影(CT)で解析し、デジタルモデルとの一致度を検証しました。
これにより、設計した複雑構造が高い精度で再現されていることが確認されました。設計→造形→検証という一連の流れが確立されたことも、この研究の重要な成果です。
医療やアクチュエーターへの応用も
ニチノールは、
・血管ステント
・医療用インプラント
・ロボットアクチュエーター
・衝撃吸収構造
などに使われる材料です。
今回の設計手法が確立されれば、用途に応じて“動き方”や“硬さ”を自由に設計できるようになります。
特に医療分野では、患者ごとに最適化されたインプラント設計などへの応用が期待されます。
「材料を変える」から「構造で設計する」へ
この研究が示しているのは、積層造形時代の新しい発想です。
これまでは、「材料組成を変える」「プロセス条件を最適化する」といった方向で性能改善を図ってきました。
しかし今回のアプローチは、「素材の限界は、構造で超えられる」という視点を示しています。
3Dプリントは、単に“形を作る技術”ではなく、“機械特性を設計する技術”へと進化しつつある、そう言えるかもしれません。
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