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光で立体を“丸ごと”固める ─ EPFLがホログラフィック体積積層を70倍効率化、人工耳のバイオプリントへ前進

スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の応用フォトニックデバイス研究室(LAPD)が、光の位相を直接制御して樹脂タンク内に立体を一度に固める「ホログラフィック体積積層造形」の新プラットフォームを発表しました。論文は2026年5月19日付で学術誌『Light: Science & Applications』にオンライン掲載されています。従来の体積積層(TVAM)方式と比べてレーザーのエネルギー効率を約70倍に高め、わずか150mWの低出力レーザーダイオードで実物大の人工耳モデルを造形したと報告されており、再生医療向けバイオプリンティングへの一歩として注目されています。

ホログラフィック投影で人工耳をバイアル瓶内に造形するEPFLの装置
バイアル瓶に人工耳モデルをホログラフィック投影している様子。出典: 2026 Adrien Buttier/EPFL(CC BY-SA、EPFLプレスリリース

ここで重要なのは、これがあくまで研究段階の成果という点です。製品化や臨床応用が始まったわけではなく、「世界初の実用機」といった話ではありません。ただ、光造形(SLA/DLP/LCD)のように「面で1層ずつ積む」発想とは根本から異なる、立体を数秒〜数分で“丸ごと”固める造形手法が着実に前進しているという意味で、3Dプリント全体の将来像を考えるうえで見逃せないニュースです。

何が新しいのか ─ 「明るさ」ではなく「位相」を操る

体積積層造形(Tomographic Volumetric Additive Manufacturing、TVAM)は、回転する樹脂入りのバイアル瓶に多方向から光を投影し、光が重なって露光量が閾値を超えた部分だけを一気に硬化させる造形方式です。一般的な光造形のように下から1層ずつ積み上げるのではなく、樹脂の体積全体の中に狙った立体を一度に浮かび上がらせる、というイメージです。

これまでのTVAMは、デジタルマイクロミラーデバイス(DMD)を使って光の「明るさ(振幅)」をオン・オフして像を作っていました。論文の要旨によれば、この振幅変調方式では投影効率が数パーセント以下にとどまり、光の大半が捨てられてしまうとされています。位相をエンコードする改良版(Leeホログラム法)でも効率は約10%程度と説明されています。

今回EPFLが採用したのは、光の「位相(波の山と谷のそろい方)」そのものを直接制御する位相光変調器(phase light modulator、PLM)です。これはMEMS(微小電気機械システム)のピストン状ミラーを多数並べた素子で、論文ではこの種の素子を3Dプリントの光源系に用いたのは初めてとされています。光を捨てずに像へ集めるため、振幅変調方式に比べてレーザー出力の利用効率が約70倍に向上したと報告されています。

どこまで造れたのか ─ 実物大の耳を低出力レーザーで

効率が上がると何が嬉しいのか。論文と発表によれば、低出力のレーザーでも大きな造形物を短時間で固められるようになります。

研究チームは、マイクロメートル単位の微細な物体からセンチメートル単位の大きな物体まで、スケールの異なる対象を造形できることを実証したとしています。マイクロCTで確認された最小の造形フィーチャーは約30.3μmとされ、扱える材料もアクリル系樹脂から柔らかいハイドロゲルまで幅広く、1mLあたり100万個の細胞を含んだ「細胞入りハイドロゲル」も対象に含まれると報告されています。

象徴的なデモが、ゼラチン系のチオール/ノルボルネン樹脂を使った実物大の人工耳モデルです。論文の要旨では、最大3×3×4cm³ほどの大型物体を、わずか150mWのレーザーダイオードを使って約2分で造形したと記載されています。さらに、64mm³ほどの細胞入り構造体では、埋め込んだ細胞が6日後も生存し、組織化したネットワークを形成していたとEPFLは説明しています。

ゼラチン系樹脂で造形された実物大の人工耳モデル(スイスフラン硬貨とスケール比較)
ホログラフィックVAMで造形された人工耳モデル。スイスフラン硬貨と定規が実寸の目安です。出典: 2026 LAPD EPFL(CC BY-SA、EPFLプレスリリース

論文の責任著者でLAPDを率いるChristophe Moser氏は、EPFLの発表のなかで「我々の手法が示した効率と精度によって、組織に近い構造を臨床に近いスケールでバイオプリントすることがついに可能になった」とコメントしています(発言は要旨)。筆頭著者はLAPDの博士課程学生Maria Isabel Álvarez-Castaño氏で、論文にはRiccardo Rizzo、Viola Sgarminato、Ye Puの各氏が名を連ねています。

光学ベンチで装置を調整するEPFLの研究チーム
装置を調整する研究チーム。レーザー保護ゴーグルを着用しています。出典: EPFL / Alain Herzog(CC BY-SA、EPFLニュース

いまの光造形(SLA/DLP/LCD)と何が違うのか

従来の光造形(1層ずつ積む)とホログラフィックTVAM(体積を一度に固める)の違いを示す概念図
従来の光造形は面で1層ずつ積み上げるのに対し、ホログラフィックTVAMは回転する樹脂タンクの体積全体に光を重ねて立体を一度に固めます(概念図/SK本舗作成)。

ここで、家庭やオフィスで使われている既存の光造形と比べておくと、この研究の位置づけが見えてきます。

ELEGOOやPhrozen、Anycubicに代表される一般的なLCD(MSLA)方式は、レジンの液面に紫外線のパターンを当てて、底面から1層ずつ硬化させ、プラットフォームを少しずつ引き上げながら積み上げていきます。1層ごとの露光と剥離を繰り返すため、造形高さに比例して時間がかかり、サポート材も基本的には必要です。完成度の高い造形品質と扱いやすさ、そして手頃な価格が魅力で、フィギュアや歯科模型、試作品づくりの主力として広く使われています。

一方、今回のホログラフィックTVAMは「層」という概念を持たず、回転する樹脂の体積全体に光を重ねて立体を一度に固めます。理屈のうえではサポート材が要らず、造形時間が「高さ」ではなく「光をどれだけ集められるか」で決まるため、小さな物なら数秒、数cm級でも数分という速さが見込まれます。レジンに浸かった状態で固まるので、柔らかいハイドロゲルや細胞を含んだ材料も扱いやすい、という点が再生医療で期待される理由です。

ただし、現時点では研究室レベルの装置であり、造形できる解像度・サイズ・対応材料には制約があります。今すぐLCD光造形機を置き換えるものではありません。位相光変調器という特殊な光学素子を使うため、装置コストや調整の難しさも含めて、家庭用・業務用の3Dプリンターに降りてくるにはまだ時間がかかる、と読むのが現実的です。

いつ実用化されそうか ─ 体積積層という潮流

体積積層造形そのものは新しいアイデアではなく、近年さまざまな研究機関やスタートアップが取り組んできた分野です。EPFLのLAPDも、2025年には別の論文(Nature Communications)でホログラフィックTVAMの効率を高める研究を発表しており、今回の成果はその延長線上にある積み重ねといえます。

今回のニュースの肝は、「位相を直接操る光源(PLM)」を使ってエネルギー効率を一段引き上げ、低出力レーザーでcm級の生体適合構造を数分で造れることを示した点にあります。これは、将来的に体積積層が「速くて、サポート不要で、生体材料も扱える」造形手段として育っていく可能性を補強する結果です。

とはいえ、臨床応用や量産機としての実用化までには、材料の安全性検証、装置の安定性・コスト、解像度のさらなる向上など、越えるべきハードルが数多く残されています。具体的な製品化時期は現時点で示されておらず、当面は研究と実証が続く段階とみるのが妥当でしょう。

層を積み上げる従来方式が成熟していく一方で、こうした「立体を丸ごと固める」アプローチが研究の最前線で前進していることは、3Dプリントという技術の地平が今も広がり続けていることを示しています。日々の造形は手元の光造形機・FDM機で着実に進めながら、こうした次世代技術の動きにも目を向けておくと、これからの3Dものづくりの方向性がより立体的に見えてくるはずです。

出典: M. I. Álvarez-Castaño et al., "High-efficiency multi-scale holographic volumetric 3D printing with a phase light modulator," Light: Science & Applications (2026), DOI: 10.1038/s41377-026-02331-4EPFL公式プレスリリース(2026年5月21日)