工場の生産ラインで、ある日モーターが壊れる。代替品を取り寄せるには数日──場合によっては数週間かかる。でも、もしその場で「プリント」できたら? MITの研究チームが、そんな未来に一歩近づく成果を発表しました。
5つの素材を1台で。3時間で完成する電動モーター
2026年2月、MITの研究チームが学術誌「Virtual and Physical Prototyping」に発表した論文が話題になっています。内容はシンプルに言えば、「電動モーターを3Dプリンターで丸ごと作った」というもの。
しかも、使った素材は5種類。絶縁体、導電材料、軟磁性体、硬磁性体、そして柔軟素材。これらをたった1台のプリンターで、約3時間で組み上げることに成功しています。
材料費は、なんと約50セント(日本円でおよそ75円)。
完成したリニアモーターは、印刷後に磁石部分を着磁するだけで動作。従来の油圧増幅器を使うリニアエンジンの数倍のアクチュエーション(駆動力)を発揮したとのことです。

画像出典: Virtual and Physical Prototyping / Jorge Cañada et al.
なぜ「モーターの3Dプリント」がそんなに難しいのか
3Dプリンターで何かを作ること自体は、もう珍しくありません。フィギュアもケースも治具も、みんな普通に印刷しています。では、なぜモーターの印刷がここまで注目されるのか。
答えは「素材の種類と形態の違い」にあります。
一般的なFDMプリンターは、基本的に1〜2種類のフィラメントしか扱えません。マルチマテリアル機でも、同じ形態(フィラメント同士)を切り替えるのがほとんど。ところがモーターを作るには、電気を通す素材、通さない素材、磁石になる素材、バネのように弾む素材──まったく性質の異なるものを組み合わせなければなりません。
今回のシステムでは、フィラメント、ペレット、導電性インクという3つの異なる形態の素材を、4つのエクストルーダー(押出機)で切り替えながら印刷しています。フィラメントは加熱溶融、ペレットはスクリュー押出、インクは圧力ディスペンシング。それぞれまったく違うメカニズムを、1台のプリンターの中でシームレスに動かす必要があったわけです。
研究を率いたMITマイクロシステム技術研究所のルイス・フェルナンド・ベラスケス=ガルシア主任研究員は、こう語っています。
「同じ"押し出し"という手法の、まったく異なる表現を、シームレスにひとつのプラットフォームに統合しなければなりませんでした。大きなエンジニアリング上の挑戦でした」
5つの素材、それぞれの役割
今回のモーターに使われた5つの機能性素材を整理してみましょう。
▶ 絶縁材(誘電体) … モーターの構造体を形成しつつ電気を通さない。剛性ポリマーフィラメントを使用。いわゆる「骨格」の役割です。
▶ 導電材料 … コイルとして電流を流す部分。銀ナノ粒子ベースの導電性インクを圧力押出で堆積させています。従来は銅線を巻く工程が必要でしたが、それをインクジェット的に「描く」ことで再現。
▶ 軟磁性材料 … ソレノイド(電磁石の芯)を形成する素材。磁場をかけると磁化し、外すと元に戻る性質を持つ磁性複合ペレットを使用。
▶ 硬磁性材料 … 永久磁石として機能する素材。同じく磁性複合ペレットですが、こちらは印刷後に強い磁場で着磁すると、磁力を保持し続けます。
▶ 柔軟素材 … バネやコンプライアント機構(弾性変形で動く機構)を担当。柔軟ポリマーフィラメント(TPU系)を使用。
ポイントは、これらの素材がもともと別の専門的な製造プロセス向けに開発されたものだということ。それを3Dプリンターの押出成形で処理できるようにしたところに、この研究のブレイクスルーがあります。
「動く機械」を1ステップで印刷するということ

画像出典: Virtual and Physical Prototyping / Jorge Cañada et al.
従来のモーター製造は、おおざっぱに言うと以下のような工程です。
1. コイルを銅線で巻く → 2. 永久磁石を別途製造・着磁 → 3. ハウジング(筐体)を切削or射出成形 → 4. バネや弾性部品を組み込む → 5. すべてを組み立て
つまり、少なくとも5つの異なる製造プロセスと組み立て工程が必要でした。それが今回、「プリントして着磁するだけ」の2ステップに圧縮された。後処理は磁石の着磁だけです。
しかも印刷されたリニアモーターの性能は、同じサイズの従来型リニアエンジン(油圧増幅器ベース)を数倍上回るアクチュエーション力を記録しています。3Dプリントだから性能が劣る、というわけではないのです。
「その場で作る」製造が現実味を帯びてきた
モーターやアクチュエーターは、ロボットのピック&プレイス機構、光学システム、搬送コンベアー、医療機器など、あらゆる機械の中核部品です。これを現場で必要なときに印刷できるようになれば、何が変わるか。
まず、サプライチェーンへの依存が大幅に減ります。特注部品を発注して届くまで数週間──そんな待ち時間がなくなる。しかも1個あたりの材料費が数十円レベルなので、設計を変えて試作し直すハードルも劇的に下がります。
これは産業だけの話でもありません。たとえば災害現場や宇宙ステーション、途上国の遠隔地──既存のサプライチェーンが使えない環境で、必要な機械部品をその場で作れる可能性が開ける。NASAが3Dプリント技術に投資し続けている理由のひとつも、まさにここにあります。
ベラスケス=ガルシア氏はこうも述べています。
「これは偉業ですが、まだ始まりにすぎません。グローバルサプライチェーンに頼るのではなく、ハードウェアを現場でワンステップで作る──そうやってモノの作り方を根本から変えるチャンスがあるのです」
次のステップは「回転モーター」と「印刷中の着磁」
今回実証されたのはリニアモーター(直線運動型)です。身近な例で言えば、リニアモーターカーやHDDのヘッド駆動に使われるタイプ。
研究チームは次の目標として、回転型モーターの完全3Dプリントを掲げています。回転モーターが印刷できれば、ファン、ポンプ、ドローンのプロペラ駆動など、応用範囲が一気に広がります。
さらに、現在は印刷後に別工程で行っている着磁プロセスも、印刷工程に統合することを目指しているとのこと。これが実現すれば、文字通り「プリントボタンを押すだけで完成するモーター」が現実になります。
3Dプリンターが作るのは「モノ」から「機械」へ
ここ数年、3Dプリント技術は素材の多様化と高速化が一気に進みました。でも、印刷される対象はあくまで「パーツ」や「造形物」が中心でした。構造体は作れても、電気的に動く機械までは作れない──そんな暗黙の限界があったわけです。
今回の研究は、その限界を一段押し上げたもの。構造体ではなく、電気的に機能する「機械」を印刷した。しかも、性能は従来の製造方法で作ったものと同等以上。材料費は数十円。
もちろん、産業用モーターの量産に置き換わるのはまだ先の話でしょう。でも、カスタム品や試作品、あるいは離れた現場での応急対応、教育用途──そういった場面では、近い将来に実用化される可能性は十分にあります。
3Dプリンターが「モノを作る道具」から「機械を生み出す装置」へ。75円のモーターが、その転換点を静かに告げています。
参考文献: Jorge Cañada, Zoey Bigelow, Luis Fernando Velásquez-García, "Fully 3D-Printed Electric Motor Manufactured via Multi-Modal, Multi-Material Extrusion," Virtual and Physical Prototyping, Volume 21, Issue 1 (2026). MIT News (2026年2月18日)
