宇宙で「3Dプリントする」という発想|月の土から電子回路まで

宇宙に3Dプリンターを持ち込む──このアイデアはかつてはSFの世界の話に過ぎませんでした。しかし2026年現在、それはすでに現実の技術となり、しかも次の段階へと進みつつあります。その象徴的な取り組みが、「月の土から電子部品を作る」というプロジェクトです。
宇宙での3Dプリントは2010年代から始まっていた
宇宙での3Dプリントの本格的な実用化は、2014年に始まりました。国際宇宙ステーション(ISS)に初めて3Dプリンターが設置され、プラスチック製の工具や部品が実際に宇宙空間で作られたのです。
これが重要だった理由はシンプルです。宇宙に物資を運ぶコストは非常に高く、わずか1kgの荷物を運ぶのに数十kg分の燃料が必要になります。つまり、「必要なものを地球からすべて持っていく」という発想には物理的な限界があります。
そこで生まれたのが、「宇宙で必要なものは宇宙で作る」という考え方。3Dプリンターは、そのための最も現実的な手段でした。
ISSではその後も、修理用の部品や実験器具などを現地で製造する試みが続き、「宇宙で製造する」という概念が実証されていきました。しかし、ここで新たな問題が浮かび上がります。3Dプリンターを宇宙に持ち込めても、材料まで地球から運び続けるのでは意味がありません。それでは結局、荷物がいっぱいになってしまいます。
次のステップは“現地の材料”を使うこと
そこで注目されているのが「ISRU(In-Situ Resource Utilization)」、つまり現地資源利用です。月や火星にある材料をそのまま使い、建築や製造を行うという考え方です。
その中でも特に重要視されているのが、「レゴリス」と呼ばれる月の表面を覆う土壌です。
月のレゴリスは単なる砂ではありません。実はその約40〜45%が酸素を含んでいます。これはロケット燃料や生命維持に不可欠な資源です。
イギリスの企業Metalysisは、このレゴリスから酸素を取り出す技術を開発しています。彼らが使っているのは「溶融塩電解」という方法で、高温の塩化カルシウム中でレゴリスを処理し、電気を流すことで酸素を分離します。
そしてここからが重要です。
酸素を取り除いた後には、金属を含んだ導電性の残留物が残ります。
これまでは、この副産物は単なる副生成物として扱われていました。しかし今、この残留物が新たな価値を持ち始めています。
月の土から、電子回路をプリントする
デンマーク工科研究所(DTI)は、このレゴリス由来の金属残留物を、3Dプリント可能な材料に変換する研究を進めています。

具体的には、電子回路を印刷するための導電インク、また導電性を持つ3Dプリント用粉末として利用することを目指しています。
これが実現すれば、月面で通信アンテナや配線、センサー部品、電子回路といった重要なインフラを、現地の材料だけで製造できるようになります。

これは単なる技術的進歩ではなく、宇宙開発のあり方そのものを変える可能性があります。
宇宙における“製造”という新しい概念
これまで宇宙開発は、「地球からすべてを運ぶ」ことが前提でした。しかし3Dプリントと現地資源利用の組み合わせにより、「現地で作り、現地で修理し、現地で進化させる」ことが可能になります。
例えば、月面基地の修理、ロボットのメンテナンス、通信ネットワークの構築、新しい科学機器の製造など、こうした月面で必要な作業を、地球からの補給なしに行えるようになります。
これは、宇宙開発を“遠隔操作”から“現地活動”へと変える重要な転換点です。
3Dプリンターは、宇宙で最も重要な機械になるかもしれない
ISSでの工具製造から始まった宇宙3Dプリントは、現在では建築、金属部品、そして電子回路へと進化しています。そして今回の研究は、その到達点のひとつを示しています。
月の土から酸素を取り出し、残った材料で電子回路を作る。つまり、宇宙の地面そのものが製造材料になるということです。
これは、宇宙における持続可能な活動を可能にする鍵となります。おそらくそう遠くなく、宇宙飛行士は地球から持ち込んだ物資だけに頼るのではなく、その場で必要なものを作り、修理し、改良していくことになるでしょう。
3Dプリンターは単なる便利な機械ではなく、宇宙空間で“文明を維持するための基盤技術”になろうとしています。
画像引用:デンマーク工科大学
