3Dプリンターの可能性を「現代思想」的に評価してみる
3Dプリンターの普及は、製造業やデザイン分野だけでなく、社会や文化に対しても深遠な影響を与えつつある。あるいは、3Dプリンターは物質的な製造の枠を超え、人々の思考、創造性、倫理観にまで影響を及ぼす可能性を秘めた技術である、と言ってみても良いかもしれない。
本欄ではこれまで様々に3Dプリンターの可能性についてを取り上げてきたが、今回はやや変則的に、3Dプリンターおよび3Dプリント技術の意義を現代思想の視点から捉え、具体的な思想家の理論と結びつけながら考察することを試みてみたいと思う。
とはいえ、あくまでもこれは思考実験のようなもの、肩の力を抜いて楽しんでもらえたなら幸いだ。
1. ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの「機械」
フランス現代思想を代表する思想家にジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリがいる。
彼らは、著書『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』で、資本主義や社会システムを「機械」として捉えたことで知られている。
彼らがいう「機械」とは単なる物理的な装置という意味にとどまらない。彼らはそれを社会的、経済的、文化的なプロセスや構造を生み出す「抽象機械」として定義している。ドゥルーズとガタリの視点に立つことで、あるいは3Dプリンターもまた、単なる物質的な製造装置ではなく、社会的な再生産の「抽象機械」として理解することができるかもしれない。
3Dプリンターは、従来の大量生産システムを分散化し、個々人が自由に物を生み出せる力を与える技術だ。この「自己生産力」は、ドゥルーズとガタリが語る「脱領域化」の一形態だと言えるだろう。脱領域化とは、既存の枠組みや領域からの離脱を意味する概念。中央集権的な工業生産からの解放を象徴するテクノロジーとして3Dプリンターを捉えるなら、3Dプリンターはまさに人々に脱領域化を促す技術だと言えそうだ。
さらに3Dプリンターの普及によって、工場という限定された空間を超え、個人の手元で物が生産されることになれば、当然、既存の生産・消費のモデルも再構築されることになる。3Dプリンターという技術には、「新たな生産の機械」として資本主義的な生産様式の変革に寄与し、私たちが物を所有し、作る意味そのものを再定義しうるポテンシャルもある。
あるいは、ドゥルーズとガタリが述べた「リゾーム構造」にも3Dプリンターの分散的な性質を見出すこともできるかもしれない。リゾームは、中央の核や頂点を持たずに、水平的に無限に広がるネットワークを意味する概念だ。3Dプリンターは、中央集権的な工場生産システムに対し、リゾーム的なネットワークを通じて分散的かつ個別的な生産の可能性を提供する。たとえば、物理的な工場での大量生産に依存せず、個々の家庭や小規模なラボでデジタルデータを基に製品が作られるという現象は、まさにリゾーム的な生産モデルである。
2. ヴァルター・ベンヤミンの「アウラの消失」
ヴァルター・ベンヤミンは、1930年代に書かれたエッセイ「複製技術時代の芸術作品」で、「アウラ」という概念を紹介し、技術的に複製された作品が持つオリジナリティや神聖性の失われた状態を批評した思想家として知られている。ベンヤミンの論考では、写真や映画といった技術は、芸術作品の「一回性」と「アウラ」を破壊し、新たな美的価値を生み出す一方で、そのオリジナリティを失わせるということが指摘されている。
この「アウラの消失」という観点から考えると、3Dプリンターの登場は、物体や芸術作品が簡単に複製される時代をさらに拡張し、個々のオブジェクトが持つ「アウラ」をますます曖昧にさせる契機として捉えられるかもしれない。だが、同時に、ベンヤミンが同エッセイでも指摘していたように、複製技術の普及は新たな美的価値や創造性が生まれる契機でもありうる。
3Dプリンターがもたらしうる「新しい創造性」とは、一体どんなものだろうか。まず考えられるのは、3Dプリント技術が普及することで、デジタルデータの共有による「新しいオリジナリティ」の概念が生まれるということだ。3Dプリントにおいては、物体のデザインがデジタルデータとして保存され、それをネットワークを介して誰もが手に入れ、再現可能である。このデータ共有のプロセス自体が、既存の物理的オブジェクトに対するオリジナリティの意味を揺るがす。同時に、この共有によるコラボレーションや集団的制作が、新たな創造性を生む土壌となる。
従来の芸術作品における「オリジナル」とは、一人のアーティストが生み出す唯一無二の作品であり、それが持つ物理的な存在自体に価値が宿っていた。しかし、3Dプリンティングの世界では、その物理的な「一回性」はもはや意味を持たない。デザインが共有され、誰でもそれを自由に改変し、再現できる環境では、物体自体の唯一性よりも、デザインのプロセスやその変遷、さらにはコラボレーションによって生まれる多様性が重要な価値を持つようになる。
この新たな価値観は、デザインや製造プロセスにおける「参加型制作」や「集団創造」とも結びつく。例えば、ある一人のデザイナーが初めに作り上げた3Dモデルが、別の人の手によって改良され、さらには異なる地域や文化の影響を受けながら新しい形へと変容していく。この連続的な創造の過程にこそ、3Dプリント時代の「オリジナリティ」があると言える。このような状況は、従来のアートにおけるオリジナリティの定義を根本的に変えうるものであり、ベンヤミンが論じた「複製技術」のもたらす新しい美的価値の延長線上に位置づけられよう。
実際に、今日のデジタルファブリケーションの現場では、こうした集団的創造のプロセスが日常的に行われている。3Dプリント用のデザインデータはオープンソースで公開され、多くの人々が自由にアクセスし、自らのニーズに合わせて改変することが可能となっている。デザインのプロセス自体が共有され、その都度改良されることで、新たなアイデアや機能が加わり、最終的には最初のオリジナルを超えた新しい作品が生み出される。今日、こうしたプロセスは、物体の物理的な唯一性に依存しない、新たな創造性の形態としてますます広がりを見せている。
3. ジャン・ボードリヤールの「シミュラークル」
フランスの思想家ジャン・ボードリヤールは、現代社会を「シミュラークルの時代」と捉え、その根幹にある現実とコピー、あるいはシミュレーションの区別が曖昧になり、最終的には現実そのものが意味を失っていくプロセスを描き出した。彼の主張によれば、現代のテクノロジーやメディアによって生み出されるイメージや物体は、現実を単に再現するだけでなく、むしろそれを覆い隠し、さらには置き換えていく。現実はコピーや模倣によってシミュレーションの連鎖に飲み込まれ、やがて「現実」として存在するものが何であるかすら定義できなくなるのである。
3Dプリンターは、まさにボードリヤールが指摘した「シミュラークル」を物理的な形で具現化する技術であると言える。デジタルデータをもとに物体を再現するこの技術は、ただ単に物体を物理的に複製するだけでなく、複製された物が持つ本質的な意味までをも再構築してしまう。たとえば、美術館に展示される文化的に重要な彫刻や、伝統的な工芸品が3Dプリンターによって複製された場合、物理的にはオリジナルと変わらない形で存在しうるが、その価値や意味はシミュレーションによって生み出されたものにすぎなくなる。
ボードリヤールがいう「シミュラークル」の世界では、こうした複製行為によってオリジナルとコピーの境界はどんどん曖昧になり、最終的には私たちが「現実」として感じているもの自体が崩壊していくことになる。たとえば、3Dプリンターで複製された美術品や工芸品が広く流通し、誰もがその精巧な複製を持つことができる状況を想像してみると、もはや「オリジナル」という概念自体が意味を失ってしまうかもしれない。何が本物で何がコピーであるか、さらにはその区別自体が無意味となり、複製された物体そのものが「現実」として受け入れられるようになるということだ。
ボードリヤールは、こうした状況を「ハイパーリアル」と呼び、現実がシミュレーションによって完全に覆い隠された世界を描いている。3Dプリンターによる複製がもたらすのは、まさにそのハイパーリアリティであり、我々が知覚する物体や現実が、コピーの連鎖の中で虚構に変わりゆく過程である。文化的に価値のあるオブジェクトが、ただ物理的な形状を再現されるだけでなく、その意味すらもシミュレートされるこの状況は、ボードリヤールの理論におけるシミュラークルの典型例だとも言えるだろう。
このように考えるなら、3Dプリンターは単なる製造装置として捉えられるだけでなく、物質的なリアリティを問い直す技術として理解できるだろう。オリジナルとコピーの区別が曖昧になる世界で、物体の持つ意味や価値が再構築される過程を哲学的に検討することで、日常的な3Dプリントの行為そのものを一種の哲学的実践として捉え直すこともできるかもしれない。現実の物体を再現する行為は、単に物質を複製するにとどまらず、その意味や価値を問い直す新たな形の創造行為なのだと考えると、3Dプリンターは現代社会における「現実」の意味そのものを再定義する可能性を持ったテクノロジーだと言えるだろう。
4. マルクス主義的視点からの3Dプリンター
カール・マルクスは、資本主義社会における労働と資本の不均衡を指摘し、労働者が生産手段を資本家に奪われることで、搾取されるという構造を批判した思想家として知られている。マルクスの主張では、資本主義の根幹には、資本家が生産手段を独占し、労働者はその手段にアクセスできず、自らの労働力を提供するしかないという構造がある。生産手段を資本家から取り戻すことが、労働者の解放につながると彼は考えた。
カール・マルクス
このマルクス的な視点に立つと、3Dプリンターは「生産手段の再分配」を象徴する技術として捉えることができる。従来の工業生産では、大規模な工場や高額な設備が必要であり、それらを所有する資本家が生産を独占してきた。しかし、3Dプリンターは、個々の労働者や個人に生産手段を返還する力を持っている。自宅で物を作り出せるようになれば、労働者は自分自身の手で生産活動に参加し、資本家に依存せずに価値を生み出すことが可能になる。
これにより、従来の工業生産における労働者と資本家の非対称な関係が変化し始める。資本主義社会では、労働者は資本家の指揮の下で働き、製品を生み出しても、その利益は資本家に吸い取られてしまう。しかし、3Dプリンターが広く普及すれば、個人が自分のニーズに合わせて物を作り、自らその生産を管理できるようになる。これは、従来の中央集権的な工場システムから離れた分散型生産の時代を予感させる。
また、3Dプリンターは、生産手段を個々人に返還することで、資本主義の中央集権的な生産構造に対抗する技術とも言える。マルクス主義的な観点では、プロレタリア革命の目的は、労働者が資本家から生産手段を奪い返し、生産の管理と分配を自ら行うことである。この文脈において、3Dプリンターは、個人に生産手段を提供することで、より平等な社会を実現するテクノロジーとして評価される可能性がある。マルクスの思想に沿えば、3Dプリンターの普及は、中央集権的な資本主義のシステムを根本的に再構築し、労働者が自らの手で生産と消費のサイクルを制御できる未来への一歩を示唆している。
3Dプリンターを「プロレタリア」的技術として捉えた時、それは資本主義の非対称な権力構造を打破し、生産手段を再分配することで、より平等な社会の形成に貢献しうる技術として評価することができる。それは、資本主義のもとで抑圧されてきた労働者が、自らの力で経済的自立を手に入れ、生産プロセスを管理できる時代の到来をさえ意味することになるかもしれない。
3Dプリンターは世界を変革する…とは言ってみたものの
ここまで、3Dプリンターがドゥルーズやガタリ、ベンヤミン、ボードリヤール、そしてマルクスといった現代思想家の理論をもとに、社会的・経済的にどのような変革をもたらしうるかを実験的に考察してみた。しかし、この考察はあくまで理想的なシナリオや可能性を中心に行ったものでもある。現実にはテクノロジーには常に限界があり、また様々な矛盾もある。
まず、3Dプリンターの普及が本当に生産手段を個人に返還することができるのかという点がある。3Dプリンターを活用するためには、技術的なスキル、設備、素材の調達など、依然として資本を必要とする。特に高度な技術が必要な分野では、依然として資本が集中し、個人が完全に生産の自律性を獲得することは現実的ではないかもしれない。資本家による独占が崩れるどころか、逆に新たなテクノロジーの支配層が形成される可能性もある。
また、ボードリヤールが指摘したように、3Dプリンターによる複製の拡大は、オリジナルの価値を曖昧にするだけでなく、文化的な意義や歴史的な重みを失わせるリスクもある。例えば、伝統工芸品や美術品が大量に複製されることで、元来それらが持っていた文化的背景や価値が軽視され、単なる消費の対象となってしまう恐れもあるのだ。シミュレーションの連鎖が進む中で、私たちが「現実」と感じているものはますます虚構に近づき、最終的には物質そのものが持つ意義が失われる危険性も存在するだろう。
さらに、マルクス的な視点で捉えた場合、3Dプリンターの普及が労働者の解放に直結するとは限らない。分散型生産が進む一方で、グローバル資本主義の中では依然として労働の分業が進み、3Dプリンターで製作される製品のデータや素材を支配する大企業が新たな搾取構造を形成する可能性もある。また、労働者が技術的なスキルを持たなければ、結局は生産手段を手にしたとしても、それを実際に運用する力を持たず、テクノロジーの所有者に再び依存することになるということだって考えられる。
こうした点を踏まえると、3Dプリンターが社会や経済に与える影響についてを、単に楽観的に捉えることは出きない。確かに、3Dプリンターは新たな創造性や社会変革の可能性を秘めた技術である。しかし、それが本当に持続可能な平等を実現するためには、技術だけでなく、それを支える社会構造や教育、法規制などが整備される必要がある。テクノロジーそのものは万能ではあり得ない。結局はその運用や社会的文脈こそが、その最終的な効果を決定づける要因となるのだ。
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