症状とは
FDMの「糸引き(Stringing)」は、ノズルが非印刷区間を移動するときに溶融樹脂が漏れ、造形物の間に細い糸状の樹脂が残る現象です。英語では stringing、oozing、hairy print などと呼ばれます。見た目の品質を下げるだけでなく、細部形状が埋まる・表面が荒れるといった実害もあります。
- 造形物同士の間や、タワー形状の間にクモの巣状の糸が残る
- 細部に樹脂の玉(ブロブ)が発生する
- トップ面が波打ったり、表面に小さな凹凸が増える
結論(主原因)
糸引きの主原因は、ほぼ次の3点に収束します。すべて関連しているため、まとめて見直すのが効率的です。
- リトラクション(引き戻し)の距離・速度が最適化されていない
- ノズル温度が高すぎる、またはプリント速度とのバランスが崩れている
- フィラメントの吸湿
原因と対策(複数)
1. リトラクション設定を最適化する
リトラクションは、ノズルの移動前にフィラメントを少し引き戻して内圧を下げる機能です。距離・速度の最適値は、プリンターの駆動方式(ダイレクトドライブかボーデンか)と素材で大きく変わります。
| 駆動方式 | PLA リトラクション距離目安 | 速度目安 |
|---|---|---|
| ダイレクトドライブ(直動式) | 0.4〜1.0mm | 25〜40mm/s |
| ボーデン式 | 3〜5mm | 25〜45mm/s |
PETGはPLAより糸引きしやすいため、リトラクション距離をPLAより0.3〜0.8mm長めにするのが目安です。TPUなど柔軟フィラメントは逆にリトラクションを短くする/無効化するほうが安定します(引き戻しで素材が座屈するため)。
Bambu Studio / OrcaSlicer では「プリンター設定 → Extruder → Retraction」に距離・速度・Z Hop(Z軸リフト)が並びます。PrusaSlicer では「Printer Settings → Extruder 1 → Retraction」、Cura では「マテリアル/プロファイル → Retraction」に同等項目があります。スライサー内蔵のリトラクションテストモデルで実測して追い込むのが確実です。
2. 温度と速度のバランスを見直す
ノズル温度が高すぎると樹脂の粘度が下がり、糸を引きやすくなります。温度を5℃単位で下げ、造形品質と強度が両立する範囲を探るのが基本です。Bambu Studio / OrcaSlicer や PrusaSlicer には「テンプタワー」ジェネレーターが搭載されており、1モデル内で温度をステップごとに変えて最適値を可視化できます。
- PLA:190℃まで下げても安定する銘柄がある。糸引きが気になる場合はまず5〜10℃低めに
- PETG:230℃前後から開始し、糸引きが残るなら段階的に低温へ
- 印刷速度を上げると、非印刷区間の移動時間が短くなり糸引き量も減る(ただし過度な高速化は他の品質劣化を招く)
3. フィラメントを乾燥させる
吸湿したフィラメントは印刷時にノズル内で蒸気化し、「ジュッ」という音・気泡・糸引きの悪化として現れます。PETG・ナイロン・TPUは特に吸湿性が高く、開封後に放置したフィラメントでは対策効果が出にくいことがあります。
- PLA:乾燥ボックスに入れて45℃前後で4〜6時間
- PETG:65℃前後で4〜6時間
- ナイロン:70〜80℃で8時間以上
印刷しないときは必ず乾燥ボックス保管、または乾燥剤入りの密閉袋で保管します。
4. 移動経路を見直す(スライサー側の対策)
ノズルが造形物の外壁を横切ると、樹脂が壁に引っかかって糸を残します。以下の設定を有効にすると改善します。
- Bambu Studio / OrcaSlicer:「Avoid crossing walls」「Travel distance threshold」
- PrusaSlicer:「Avoid crossing perimeters」
- Cura:「Combing Mode → Not in Skin」「Avoid Printed Parts」
また「Wipe while retracting」「Coasting」など、吐出停止直前にノズルを拭うオプションも糸の残量を減らす方向に働きます。効果は機種・素材で異なるため、まずリトラクションと温度を整えた後に段階的にオンにして比較してください。
5. ハードウェアの劣化を疑う
ノズル先端が摩耗すると穴径が広がり、吐出量が過多になって糸引きが悪化します。真鍮ノズルで500時間以上、カーボン入りフィラメントを扱ったあとは顕著です。詰まり同様、ノズル交換は定期メンテナンス項目と捉えるのが現実的です。
予防
- 新規フィラメントは必ず開封時にテンプタワー+リトラクションテストを行う
- 乾燥ボックスでの常時保管を習慣化
- 高温で長時間のアイドリングを避ける(スタンバイ温度を活用)
- Bambu Studio / OrcaSlicer の「Auto calibration」機能で、プリンター個体ごとの最適値をキャリブレーション
まとめ
糸引きは「リトラクション」「温度」「湿気」「移動経路」の4点を順に整えれば、ほとんどが実用レベルまで改善します。完全ゼロを目指すより、造形後に軽く拭えば落ちるレベルに抑える、という現実的な目標設定がコスト効率に優れます。
