明日、僕たちは世界を「出力」する──3Dプリンティングに革新を起こす「レジン」の可能性|SK本舗・遅沢翔インタビュー②
3Dプリンターは、わたしたちの「ものつくり」をいかに変えるのか? 果たしてそれは産業革命以降つづいてきた大量生産大量消費時代に終止符を打つのだろうか? 来るべき新たなものつくりの可能性を問うべく、本シリーズでは個人向け3Dプリンター販売で国内シェアトップを誇るスタートアップ、SK本舗代表取締役・遅沢翔に3Dプリンターの現在を尋ねていく。
ひとくちに「3Dプリンティング」といっても、出力のクオリティや機材の価格はもちろんのこと、素材や出力方式もさまざま。出力するプロダクトの規模や用途によっても使用されるプリンターの種類は変わってくるのだという。なかでも遅沢率いるSK本舗が注力しているのは、「レジン」と呼ばれる樹脂を用いた光造型方式の3Dプリンティングだ。
SK本舗立ち上げよりはるか前から個人的にさまざまなプリンターを購入していたという遅沢は、光造型方式のプリンターに出会って同社の立ち上げを決意したと語る。遅沢はいかにしてそこに新たなものつくりの可能性を見出したのだろうか? そしてその可能性を下支えする「レジン」とはいかなるものなのだろうか? シリーズ第2回となる今回は、遅沢と3Dプリンティングの出会い、そしてレジンがもつポテンシャルについて話を訊いた。
投資銀行から3Dプリンティングへ
HZ 遅沢さんが3Dプリンターに興味をもったきっかけはなんだったんですか?
遅沢 もともと先端技術に興味があったので、VRやマイニングなどいろいろなものに手を出していました。あくまでも自己満ですけどね。そのなかで3Dプリンターも試してみようと思って、最初はFDM(Fused Deposition Modeling:熱溶解積層法)と呼ばれるタイプのプリンターを買いました。そのとき買ったのは10万円くらいの安価なモデルだったんですが、ゼロからモノをつくれて感動したことを覚えています。
HZ そのときはどんなものを出力されたんでしょうか。
遅沢 モデリングができるわけではなかったので、最初はネット上に落ちているフリーのモデリングデータを使って出力していました。彫刻とか、エッフェル塔とか。それだけでも十分楽しかったんです。ものづくりは子どものころから好きでしたし、自分でなにかを創造したかのような錯覚が生まれるのが面白くて。子どものころ紙粘土やミニ四駆で味わっていたものづくりの感覚が、3Dプリンターを通じて大人になっても得られたのは嬉しかった。ただ、当初は正直失敗も多かったしうまくいっても精度があまり高くなかったのですぐに飽きてしまって。でも、しばらくしてから海外の通販サイトで光造型方式のプリンターを発見したのでまた試してみたら、段違いに精度が高くて一気に魅了されてしまったんです。
HZ では最初はビジネスにするつもりではなかったわけですね。
遅沢 最初は完全に趣味ですね。仕事としてはずっと投資銀行にいて財務モデリングやM&Aを行なっていたので、3Dプリンターとはぜんぜん関係のない世界にいました。投資の世界って大きなお金は動かすけど、現実からどこか乖離しているところがあるんです。もともとは「ものつくり」が好きな少年だったということもあって、右から左にお金を動かしていくという仕事に虚しさを感じていたところもあって。そんな時に3Dプリンターに出会ったので、ある種、「ものつくり」への熱が急上昇してしまった感じですね(笑)。さらに色々と調べていくと、ものすごい可能性を秘めたテクノロジーであることも分かり、一気に引き込まれました。この世界に貢献したいって言ったら大げさですが、なんていうか賭けてみたくなったんです。それに僕はもともと、20代のうちに独立して起業したいとずっと思っていたので、どんなことをしようか以前から考えてもいたんです。それまで特にビジョンというビジョンはなかったんですが、今話したような経緯から、3Dプリンターのビジネスに挑戦する決意をしました。
HZ SK本舗を立ち上げて、具体的にはまずどんなことから始められたんでしょうか。
遅沢 ヒントは3Dプリンターで遊んでいる最中に発見しました。3Dプリンターで何かを出力する上では、原料をはじめとする消耗材というのが存在していて、のめり込んで遊んでいるとこの消耗剤があっという間になくなってしまうんです。もちろん、もっと出力したいから消耗材を買わないとってなるんですけど、日本国内だと消耗剤がぜんぜん手に入らない。少なくとも当時は、海外サイトでしか買えないし、買っても1カ月待ちとかだったんです。本当は今すぐ欲しいのに手に入らないという状況って、すごくストレスですよね。そこで、だったら日本で消耗材を購入できる即日配送のお店を作ればいいんじゃないか、と気づきました。そこからしばらくは、海外の様々なメーカーの商品をとにかく購入してみて、どれが一番使いやすいかを試しまくってましたね。結果、いろいろ見ていくなかで〈Wanhao〉というメーカーがコスパがよく比較的に安定しているということに気づきました。加えて、〈Wanhao〉はまだ誰も日本国内で売っている人がいない。これはぜったいに需要があるなと思い、〈Wanhao〉を中心とした「レジン」の輸入を始めることにしたんです。
「レジン」が生み出す新たなものつくり
HZ そもそも、「レジン」てなんなんですか?
遅沢 簡単に言うと、紫外線をあてると固まる紫外線硬化樹脂です。ハンドクラフト業界ではかなり有名で、ネイル用のUVライトを使って固めることで、アクセサリーをつくっている方も多いですね。3Dプリンターの中でもレジンを原材料として使うのが光造型方式と呼ばれるタイプの機種です。それまで主流だったFDM方式では、熱を加えると溶けるフィラメントという原材料が使われてきました。コスト面だけを見ると、実はフィラメントの方がコストは低いんです。ただ、精度や耐久性はレジンのほうがはるかに高い。僕自身がレジンを使用する光造形方式と出会ってなければ、ここまで3Dプリンターにハマっていませんでしたから。
HZ なるほど。それって用途によって使い分けられることもあるんでしょうか。
遅沢 光造型は出力サイズが小さくなりがちですが、FDMはかなり大きなものもつくれます。もちろん、大きなものを出力できるプリンターはその分値段も高くなってしまうんですが。たとえばフィギュアをつくるときに、胴体のように多少粗くてもどうにかなる部分をFDMで出力してからレジンで細かいパーツをつくっていくというように、組み合わせることもありますね。
HZ 〈Wanhao〉から始まって、いまはいろいろなレジンを取り扱われてるんですよね。
遅沢 いまは何十種類も扱ってますし、SK本舗オリジナルのレジンも開発していますね。なかでも人気なのは、2018年8月から販売を始めた水洗いレジンでしょうか。普通のレジンはIPA(イソプロピルアルコール)や無水エタノールを使ってプリントしたものを洗浄しないといけないので、手間がかかるんです。特にIPAはアルコールの匂いが苦手な人だと扱いにくかったりもして。でも水洗いレジンはその名の通り水で洗うだけでいいのですごく便利。お子さんがいる家庭や匂いに敏感な人も使いやすいのでかなりの人気商品になって、毎週在庫切れになる状態がつづいていました。
HZ 「レジン」って日本だと耳にする機会があまりないと思うんですが、海外ではメジャーなものなんでしょうか。
遅沢 家庭用ではあまり使われていなかったと思いますが、3〜4年くらい前から業務用や企業が試作品をつくり際の手段としてレジンはよく使われるようになってきた印象があります。ただ、当時は1リットル10万円くらいで、安いものでも4万円くらい。個人だと気軽に手を出せる金額ではないですよね。去年くらいからようやく値段が下がってきていて、徐々に家庭用としても手が届くものになってきているんじゃないかと思います。
写真左がFDM方式でプリントしたもの。写真右が光造形方式でプリントしたもの。
HZ なるほど。遅沢さんはこの先レジンが個人向けプリンターにおいてもますます使われていくと考えているんでしょうか。
遅沢 そうですね。プリンターの価格はどんどん安くなっていますから。光造型のプリンターにはいくつか種類があって、SLAというレーザー式プリンターと、DLPというプロジェクターを使ったプリンター、そしてプロジェクターをLCDというシャドーマスクで制御するプリンター。われわれが扱っているのは一番最後のタイプで、これは非常にコストパフォーマンスが高いんです。安いものなら4〜5万円で買えますから。もちろんメリット・デメリットはありますけどね。
HZ プリンターが安価になっていくことで、3Dプリント自体がますます身近になっていきそうですね。
遅沢 FDMにも安いプリンターはありますが、やはり精度とコストのバランスをみるとレジンを使う光造型はかなり優れていると思っています。いまはDMMさんのような企業が出力サービスを手がけていて、データを渡せば出力してもらえたりもしますが、レジンを使うプリンターが安価になることで自分でプリンターをもつことが現実的な選択肢になってくる。プリンターひとつあればひとりでいろいろなものを生産できるのは面白いですよね。それこそがまさに生産の民主化だと思いますし。レジンが高精度かつ安価なプリンターを可能にしたことで、個人向けの3Dプリンティングは単なる趣味やお遊びではなく、これからどんどん実用的なものになっていくのではないでしょうか。僕としては近い将来、個人向け3Dプリンターが現在のスマートフォンのような形で広く普及していくのではないかと、密かに想像しています(笑)
プリンターや素材さえ安くなれば誰でも3Dプリンティングに挑戦できるようになるかもしれないが、ただ安いだけでは意味がない。コストがいくら下がったところで、プロダクトが実用レベルに達しなければ所詮それはただのお遊びで終わってしまうからだ。一定以上の精度が確保されなければ、そしてそれが使いやすくなければ3Dプリンティングが普及する意味はなくなってしまうだろう。
レジンという樹脂を用いた高精度なプリンターが安価になっていくこと、そのプリンターがより多様な人々の要求に対応できるようになることで初めて「ものつくり」は変わっていくはずだと遅沢は語る。そしてその変化を加速させるべく尽力しているのがほかならぬSK本舗なのだろう。中国や台湾を訪れ、各地で先端的な3Dプリンティングの現場を見てきた遅沢は、3Dプリンターの世界では今日の常識が来年にはまったく通用しなくなっている、と語る。次回は、世界的な3Dプリンターの動向、そのなかにおける日本の状況について、尋ねていく。(つづく)
(文・もてスリム/写真・東山純一)
遅沢翔インタビュー記事一覧
第一弾 https://skhonpojp.myshopify.com/blogs/blog/chizawa1
第二弾 https://skhonpojp.myshopify.com/blogs/blog/chizawa2
第三弾 https://skhonpojp.myshopify.com/blogs/blog/chizawa3
第四弾 https://skhonpojp.myshopify.com/blogs/blog/chizawa4