明日、僕たちは世界を「出力」する──3Dプリンターの普及は“大量生産大量消費”時代を終わらせるか|SK本舗・遅沢翔インタビュー①
かねてより製造業に革新を起こすとされてきた「3Dプリンター」が、本当の意味で生産の民主化を実現しつつある。生産の民主化が起きた先で、わたしたちの生活はどのように変わるのか。家庭用3Dプリンター販売の領域で国内トップシェアを誇るスタートアップ、SK本舗代表取締役・遅沢翔に話を訊いた。
わたしたちは3Dプリンターのことをあまりにも知らなさすぎる
テクノロジーは、わたしたちに新たな「生産」の可能性をもたらしてくれる。第一次産業や第二次産業、あるいは絵画や写真、映像といった芸術表現はもちろんのこと、料理のように身近な行為においても生産は常にテクノロジーと不可分の関係にある。
だからこそ、3Dプリンターの登場は多くの人々にとって衝撃的なものだった。かつて『WIRED』編集長だったクリス・アンダーソンの著作『MAKERS』がベストセラーとなったように、とりわけデジタルテクノロジーが可能にした新たな生産のあり方は「第三の産業革命」と呼ばれた。その可能性を信じるものたちは、これからは専門知識や巨大資本をもたずともオープンイノベーションによって製造業が民主化されていくのだと喧伝している。
たしかに、もしそれが本当に起こるのだとしたらわたしたちの暮らしは一変する。あるいは、それによって職を失う人もいるかもしれない。「生産」という言葉だとピンとこないかもしれないが、その基本は「ものつくり」だ。わたしたちにとって「ものつくり」は普遍的な行為であり、その「ものつくり」のあり方が根本から覆されるのだとしたら、その変化はわたしたちのライフスタイル、ひいては商品経済のあり方そのものにまで大きな影響を与えることだろう。
しかし、一方では本当の意味での「民主化」がまだ起きていないということもたしかである。わたしたちの多くにとって、「3Dプリンター」とは名前こそ知っていれど使ったこともなければ実態もよくわからないもののままだ。現在、3Dプリンターは急速に普及しつつあるとはいえ、いまだ当たり前のように一般家庭にあるものとは言い難く、3Dプリンターを日常的に活用しているのは、一部の大企業や職人のような限られた人々である。
もちろん、時間が解決する問題でもあるのかもしれない。近年はメイカームーブメント発祥の地であるアメリカのみならず、中国や台湾といったアジア圏でも多くの新興企業が3Dプリンターの製造に乗り出している。価格や品質面での競争は激化し、3Dプリンティングにかかるコストはこれからどんどん下がっていくだろう。そうなれば、一般人が日常的に3Dプリンターを使う未来も現実のものとなるのかもしれない。いや、おそらくは、なる。
ならば、わたしたちはもっと3Dプリンターについて知らなければならない。新たな生産の時代に、製造業が真に(?)民主化する時代に、しっかりと備えなければならない。わたしたちは3Dプリンターのことを、あまりにも知らなさすぎるのだから。
2018年に創業した「SK本舗」は、まさに遍く人々へ新たな生産の手法を届けるべく3Dプリンターを販売しているスタートアップだ。同社がおもに手がけているのは、一台数千万円もするような大企業向けのプリンターではなく10万円程度で購入できる個人向けのプリンター。中国や台湾のメーカーの代理店としてプリンターを販売しながら自社オリジナル製品も手がけている同社は、小規模の3Dプリンター及び3Dプリンター用レジンの販売においては国内トップクラスのシェアを誇り、来たるべき3Dプリンターによる新たな生産の時代を牽引している。
SK本舗は、なぜ、いかに3Dプリンターに希望を見出し、いったいどんな未来を描いているのか。そこで同社が手がけているテクノロジーとはどんなものなのか。本連載ではSK本舗の代表取締役・遅沢翔のインタビューを通じて、3Dプリンターの、新たな生産の可能性を模索していく。
「3Dモデリング」は20年前の「プログラミング」と同じ
HZ 3Dプリンターの存在は広く知られるものとなりましたが、利用しているのはまだ一部の方々なのではないかと感じています。個人向けのプリンターを多く取り扱われている遅沢さんから見て、3Dプリンティングはいまどのような状況なのでしょうか。
遅沢 20年前における「プログラミング」と同じ状況なんじゃないかと思っています。1998年に設立したGoogleがいまや世界トップクラスの企業となったように、3Dプリンターもいまは一部の人しか使っていませんが今後は急速に広がっていくのではないか、と。
HZ 製造業や職人といったプロユースに限らず、今後は一般的な家庭でも3Dプリンターが使われるようになるということでしょうか。家具の細かいパーツを自分で出力したり、あるいは家具そのものをまるごと出力できたり。
遅沢 いずれは、ボタンを押すだけでそういうことができるようになると思います。それこそ、日常生活の消耗品などはすべて自宅の3Dプリンターでプリンティングするといった暮らしが実現するのではないか、と。3Dプリンターはこれからさらに安価になるでしょうし、機能も向上していきます。今でいう「DIY」の延長みたいなかたちで普及していくのではないでしょうか。すでにさまざまなモデリングデータ(3Dプリンターに読み込ませる出力データ)はウェブ上で公開されていて、そのデータさえあれば誰もが簡単に出力できるような状況なんですから。データの種類はさまざまで、船や自動車の模型から、拳銃のモデリングデータまで公開されていたりする。誰もが自由にそうしたデータをアップロード/ダウンロードできて、ユーザー同士が交流する場も生まれています。
HZ モデリングデータが自由にシェアされていくようになると、生産と消費の関係性も変わっていくような気がします。
遅沢 変わっていくでしょうね。さまざまな批判がなされてきているにも関わらず、現在はいまだに大量生産大量消費社会です。しかし、家庭用3Dプリンターの発展と普及によって、それが根本から変わっていく可能性がある。必要な「もの」を必要な分だけプリントする。あるいは今であれば古いモデルの「もの」が壊れてしまった場合、修理のための部品がすでに存在しないから新たに「もの」ごと買い換えるという形を取らねばならないところ、3Dプリンターがあればピンポイントでそうした部品もプリントできます。現在、地球環境を圧迫している多くの「無駄」をなくすことだってできるかもしれないんです。
だからこそ、今後は3Dモデラーの存在は重要になっていくでしょうね。これからは「もの」ではなく「データ」が取引される時代ですし、3Dモデラーのようにみずからデータを生み出せる人の役割が非常に大きくなっていくんじゃないか、と。言ってしまえば、一昔前のプログラマーのような感じですね。現状では家庭用3Dプリンターで出力可能なものはまだ限定的ですが、おそらく先10年で状況はガラッと変わります。個人的にも早く娘に3Dモデリングを勉強させたいと思っているくらいですから(笑)
あらゆるすべてが出力可能な世界へ
HZ これから3Dプリンティングが進化していくと、いったいどんなことが起きていくと思われますか?
遅沢 なんでもできる気がするんですよね。いま個人的に注目しているのはチョコプリンターといって、チョコで型をつくれるもの。将来的には原材料を入れるとハンバーガーが出てくるといったような、マルチクッキングプリンターなども可能になるだろうと思います。あるいは岩石を原材料として出力するようなプリンターも出てくるでしょうし、素材にはなんでも対応できるようになるでしょう。
HZ これまで3Dプリンターというと小さなパーツを出力するようなイメージがありましたが、出力できる大きさも変わっていきそうですね。現状自分でモデリングするのはまだ難しいですが、それも変わっていくかもしれない。
遅沢 たしかに現状においては3Dモデリングは簡単ではありません。ただ、今後はもっと楽になるでしょうね。ホログラムで3Dモデルが立体的に表示されて、それを手で触りながらモデリングできるような時代が来るのかなと。とはいえ、テクニカルな領域は残ると思うので、今のうちにモデリングを学んでおいた方がベターだとは思います。素材の応用の幅も広がっていけば、将来的にはあらゆる全てが出力可能になるでしょうし。すでに業務用プリンターにおいては住宅や洋服、果ては臓器の出力にまで成功しているのですからね。そこまで広がると正直「3Dプリンター」と呼んでいいものなのかどうかわからなくなってきますが……(笑)
HZ 「プリント」という概念そのものが揺らいでくるということでしょうか。ただ、普通の紙にインクで印刷するのも厳密にいえば「3D」プリントですよね。
遅沢 そう考えると単に3Dであることがすごいわけではなくて、インクで紙に印刷していた時代からどんどん「プリント」の対象範囲が広がっていっていると捉えたほうがいいのかもしれません。今少し触れたように近年は「バイオプリンティング」と呼ばれる、臓器や細胞をプリントするような取り組みも世界的に進んでいますからね。ただ、現時点では結局何かをつくりたいと思っている人だけが3Dプリンターを使っているという状況にとどまってしまっているのかなと思っています。今後さらに革新を起こして3Dプリンターが進化していくためには、そのハードルを超えてより多くの人がナチュラルに使えるような機材や環境を用意していかないといけないなと。だから私としては、お客さんからの声にこたえながら新しいプロダクトもつくっていきたいですし、可能性があるものは全部挑戦していきたいですね。どんな形で役に立つかは二の次で、臨機応変に動いていきたいと思っています。
3Dプリンターをより多くの人に広めていくことでプリンティング=生産の民主化を進めていきたい、そう遅沢は語る。そのために遅沢がSK本舗で手がけているのが、光造型という出力方式でレジンと呼ばれる樹脂を固めながら造型を行なっていく3Dプリンターだ。光造型式プリンターはしばしば従来の熱溶解積層式3Dプリンターより高精度なものが多いといわれる。企業が大規模なプロトタイピングや生産のために使うのとは異なるかたちで人々が3Dプリンターに触れていく機会をつくっていく上で、遅沢はこの光造形式に大きな可能性を見出していのだという。
遅沢はなぜ光造型式プリンターへ可能性を見出し、いかに3Dプリンティングを変えようとしているのか。次回以降では、遅沢と3Dプリンターの出会いや「レジン」なる素材がもつ可能性を明らかにしていく。
(文・もてスリム/写真・東山純一)
遅沢翔インタビュー記事一覧
第一弾 https://skhonpojp.myshopify.com/blogs/blog/chizawa1
第二弾 https://skhonpojp.myshopify.com/blogs/blog/chizawa2
第三弾 https://skhonpojp.myshopify.com/blogs/blog/chizawa3
第四弾 https://skhonpojp.myshopify.com/blogs/blog/chizawa4