3Dプリンターでウイルスを出力する時代に!? 癌細胞を攻撃する改造ヘルペスウイルス
人口ウイルスが癌細胞と戦う
現在、新型コロナウイルスがなおも世界を席巻し続けている。人類はウイルスの脅威をあらためて思い知り、実際にその健康が著しく阻害されてしまっているわけだが、その一方で、今日、ウイルスが人類の健康を大きく改善する可能性が拓かれつつある、と書いたら驚くだろうか。
実際、ウイルスは時として「薬」にもなる。たとえば、癌治療の分野において、2021年5月、厚生労働省がある治療薬を承認して話題になった。
その治療薬とは第一三共が開発した「デリタクト(テセルパツレブ)」。これは、遺伝子組み換え技術を使用してつくったウイルスを腫瘍に投与することによって癌細胞を攻撃するという仕組みだ。
画像引用:『がんプラス』
こうしたウイルスを用いた癌治療の方法は一般に「癌ウイルス療法」と呼ばれている。癌細胞だけで増えることができるように改変されたウイルスを癌細胞に感染させ、ウイルスが増殖する過程で癌細胞を死滅させるという療法だ。増殖したウイルスはさらに周囲に散らばることで、再び癌細胞に感染し、増殖と破壊を繰り返すことで癌細胞を攻撃していく。正常な細胞では増殖することができないように改変されているため、正常細胞が傷つくことはないとされている。
人間にとって脅威となるウイルスを飼いならし、改変を加えることで、悪性細胞と戦う兵隊へと作り変える、なんて聞くと、どこかSF映画のような感じがしなくもない。だが、実際に治験では高い効果をあげているという。構想自体は20年以上前からあったようで、その後、多くの実験が重ねられることで、今年、初の実用化へと舵が取られたというわけだ。
使用されているのは遺伝子組み換え単純ヘルペスウイルスI型G47Δ。東京大学医科学研究所のHPによれば「近い将来悪性神経膠腫の治療の重要な一翼を担う」とされている。
3Dプリンターが出力する腫瘍溶解性ウイルス
実は、この癌ウイルス療法のウイルスの作成にあたって活躍しているのがバイオ3Dプリンターなのだ。
もともと、2014年の段階で「癌の治療に有効なウイルス」をDNAの3Dプリンティングで作製する技術を実現できるだろうということは言われていた。当時、CAD製品で知られるAutodesk社が運営していた「生命科学ラボ」はDNAの3Dプリンティングによるウイルスの作製にすでに成功しており、ラボ代表のアンドリュー・ヘッセル氏は「次は、デザインを変更して、癌を抑えるウイルスの作製に着手すればいいだけだ」と息巻いていた。
あれから4年、実際に「癌の治療に有効なウイルス」の3Dプリンティングは行われている。たとえば、ニューヨークの企業HumaneGenomicsは、2021年のはじめに125,000ドルの予算を調達、現在、腫瘍溶解性ウイルスの製造プラットフォームの構築を目指しているという。現在、同社は、骨がん、肝臓がん、小細胞肺がん、および膠芽腫と呼ばれる脳腫瘍の一種を治療することを目指している。これらの癌は現状で優れた治療法がないため、その実用化が強く期待されている。
HumaneGenomics社の腫瘍溶解性ウイルス
これまで3Dプリンターはあらゆるものを出力してきたが、ついにウイルスまで出力するとはなんともすごい時代になったものだ。ウイルス史は人類史よりもはるかに長い。地球とは「ウイルスプラネット」であると考える人もいる。ウイルスをただ敵視するのではなく、ウイルスと協働する方法を探るテクノロジーの発展に期待したい。