スマホを一発で3Dプリント出力することは可能なのか? 世界的3Dプリンターメディアの思考実験
3Dプリンターはスマホを出力できるのか
3Dプリント技術はこれまで様々なものを出力し、その3Dプリント可能領域を拡張させてきた。
しかし、現状でスマートフォンのような高度な電子機器を3Dプリントすることは実現していない。果たして今後、どの程度、それは可能になっていくのだろうか?
実は先日、3Dプリントの国際的メディア「3DPRINTING.com」で、まさにその可能性が検証されていた。ここでその記事の内容を追ってみたい。
まず、3Dプリンターで高度な電子機器を出力するという上で考えうる方法は二つあるという。
一つは、スマートフォンの大部分のパーツを3Dプリントし、同時にそれらのオブジェクトをデバイス上に配置していくマシンを用意するとうもの。そしてもう一つは、ある一つの3Dプリンターの中に様々な原材料を自在に処理し、それに応じた出力物をプリントする機能を内在させ、完全なデバイスとして出力するというものだ。
当然、実現可能性が高いのはひとつめの案だ。これを記事では「箱の中の工場」とたとえている。すでにある様々な方式の3Dプリンターを駆使すれば、スマートフォンを構成する様々な部品の大部分を個別に出力しうるということは容易に想像できる。いくつかの外部部品とそれらを別のシステムによってデバイス上に配置していくというわけだ。
この方法に関して、MITのすでにあるプロジェクトがその可能性を非常によく示しているという。これはMultiFabと呼ばれる技術で、、LEDやレンズなどの機能部品の周りにインクジェット3Dプリントを行うというものだ。iPhone製造3Dプリンターを実現する場合、こうした外部部品を認識して回避するという機能が欠かせない・
ただ、MulitiFabにはそれら配置のためのマシンが統合されたものではないという不足点もあるが、これを補うような試みをBotFactoryが行なっているという。BotFactoryは、はんだペーストを配置し、プリント回路基板(PCB)を製造するための電子部品のピックアンドプレースを実行できるシステムを開発しており、現在、米空軍の精密機械の製造に役立てられている。
一発操作でスマホを出すために必要な条件
さて、ではもう一つの案はどうだろうか。こちらの案の場合、スマートフォンの全ての要素を3Dプリンター自体で作り出す必要があり、そのハードルはかなり高いものとなると記事はいう。その上であくまでも思考実験としてその実現のためのプロセスが探られている。
現在のスマートフォンのタッチスクリーンは、通常、有機発光ダイオードディスプレイと、絶縁体として機能するガラス基板、酸化インジウムスズや銀などの透明な導電性材料のコーティングで構成されている。これを3Dプリントすることは果たして可能なのか。
実はすでに様々なLEDスクリーンを3Dプリントするための研究が数多く行われているという。たとえばミネソタ大学ではカスタマイズされた3Dプリンターを使用し、柔軟な64ビットLEDディスプレイの製造に成功している。
またガラス基板に関しては3Dプリントガラスは丈夫なため実行可能だとされている。実際、ソーダライムやホウケイ酸塩など、3Dプリントガラスの出力にはいくつかのアプローチが存在する。
電子インクもまた、すでに複数の企業が導電性材料、特に銀インクを3Dプリントする方法を提供しているという。それどころか、たとえばOptomec社のAerosolJetシステムは主要なスマートフォンメーカーが導電性トレースを部品へと3Dプリントするためにすでに使用されているらしい。そうなると残っているのはトランジスタやコンデンサなど、そのほかの要素を追加することだけであり、これもまた実現可能性は決して低くない。
続いてチップの製造について。ここには少し問題がある。先に見たようにPCBの製造自体はすでに3Dプリンターで行うことが可能だが、1ミクロン未満の分解能を必要とする集積回路の製造に対応できる3Dプリンターは現状ないという。ここは今後の技術的進歩を待たねばならないところだろう。
ただ、一般に実現が難しいと目されているコンデンサやトランジスタなどについては、すでに試されて、ある程度の成功が収められているという。2015年にはすでに、カリフォルニア大学バークレー校の研究者が、共振周波数が0.53 GHzの粗いインダクターコンデンサー共振タンク回路と、インダクターコンデンサータンクとワイヤレスパッシブセンサーが埋 め込まれたスマートボトルキャップを3Dプリントすることに成功している。
あるいはスウェーデンの2つの機関、リンショーピング大学とスウェーデン研究所は、2次元スクリーン印刷プロセスを使用して、1,000を超える有機電気化学トランジスタをプラスチック基板に印刷し、さまざまなICを作成しているようだ。つまり、現状で完全な3Dプリントは困難とはいえ、すでにその道筋は見えつつあるということだろう。
スマートフォンといえば、様々なセンサーが配置されていることも重要なポイントになってくる。これらのセンサーに関しては、すでに3Dプリント作成された例が多数あり、問題はない。またフォンである以上、当然必要となるスピーカーとマイクに関しても同様であり、これら比較的単純なコンポーネントは現状の技術力で十分に3Dプリント可能だとされている。バッテリーもまた3Dプリント成功例は数多くあるらしい。
一方、意外にも難点としてあげられてるのがメタルケースだ。ケースそのものをプリントすることは金属3Dプリンターがあればもちろん可能だ。しかし、機能にまつわる多くのパーツをその金属のシェルに統合し、金属を後処理するというプロセスは簡単ではないという。
金属3Dプリンターは一般的に炉内での猖獗を必要とする。これはパーツ全体に行われるある意味で「野蛮」な後処理技術であり、精密なスマートフォンの製造には適していない。記事ではその代替案としてジュール熱を動力源とする方法に可能性を見出している。インクジェットまたはエアロゾルジェットヘッドによって電子機器を作成したら、金属蒸着ヘッドが金属ワイヤを介して電気をサージし、部品の周囲の所定の位置に金属を蒸着するという方法だ。もちろん、これはまだ仮説に過ぎず、今後、検証されていく必要があるだろう。
技術的には実現可能……しかし
さて、ここまでの話を総括し、記事ではスマートフォン全体を一回のビルド操作で3Dプリントすることは、そう遠くない将来にもっともらしいものとなるだろうと結論づけている。
課題としてはより微小なアトム構成テクノロジーの導入、より複雑なプリンターとロボットの組立てラインの確立だ。
すでにスマートフォンの製造には3Dプリント技術が欠かせなくなっている。そう思うと、じゃあいつ3Dプリントスマートフォンが誕生するのかと気を急がせてしまうが、記事はそこについてかなり冷静だ。
というのも、現在、世界中で個々の部品が大量生産されており、労働力の安い工場でそれらを組み合わせるという製造方法が、経営判断上、理にかなったものとなってしまっているのだと記事は分析している。もちろん3Dプリント技術は、細かい部品の製造にますます使用されていくことになるが、スマートフォンをまるっと3Dプリントするというシナリオのビジネスケースは「ありえそうにない」とのこと。
そう、ある技術が実装されるためには、技術の進歩だけではなく、ビジネスや政治の力学が多重に重なり合う必要があるのだ。大人の都合はいつだって複雑ということか。