3Dプリンターによって118年の時を経て再現されたピカソの幻の傑作
失われた幻の傑作
アートに全く興味ないという人でもパブロ・ピカソの名前を聞いたことがないという人はいないだろう。
言わずと知られた天才画家。おそらく一般的にはキュビズムと呼ばれる、あたかもポリゴン状の人物を描いたような独特な作風で知られている。最も有名な作品はドイツ空軍によるスペインのゲルニカ地方への爆撃の悲惨さを描いた『ゲルニカ』という作品だろう。キュビズムの手法を用いて描かれたこの作品は、そのダイナミックな迫力によって当時の人々を圧倒し、今もなお歴史に残る名画として語り継がれている。
パブロ・ピカソ『ゲルニカ』
しかし、ピカソはずっとキュビズムの作品ばかりを描いていたわけではない。たとえばピカソには「青の時代」と呼ばれる、主に青色を主体とした作品を描いていた時代があった。もちろん、当時はまだキュビズムは生まれていない。しかし、ピカソファンにとっては、実はキュビズム時代以上にこの青の時代の作品群は高く評価されていたりもする。
パブロ・ピカソ『二十歳の自画像』
ピカソの青の時代の代表的な作品の一つに『盲人の食卓』という作品がある。盲人が孤独に食事を取る姿を悲壮的な濃いブルーを基調に描いたこの作品は、どこか神秘的でもある。1世紀以上にわたり人々を魅了してきた紛うことなき名作である。
パブロ・ピカソ『盲人の食卓』
しかし、実はこの絵が最初から視覚障害者の肖像画として描かれたものではなかったかもしれないということが、2010年、X線を使用した検査によって明らかになった。このキャンバスを透視すると、『盲人の食卓』の奥にある女性の姿が描かれていることが分かったのだ。
果たして、それはどんな作品なのか。幻の絵画の発見から11年、ついにその作品は現代に再現されることになる。その際に鍵となったのが3Dプリンターだった。
ピカソの専門家も唸る驚異の再現度
隠された幻の絵画を再現したのはロンドン大学ユニバーシティカレッジの二人の技術博士候補が設立した人工知能アート集団〈OxiaPalus〉だ。使用したテクノロジーは、分光イメージング、AI、3Dプリントの組み合わせだ。
OxiaPalusのメンバーは、作品の見た目や感触、トーンをオリジナル作品に近づけるために、数十点のピカソの絵画を分析し、ピカソのスタイルを学習するためのAIアルゴリズムを開発。そうして学習を繰り返した後、アートワークをキャンバスに3Dプリントすることによって生み出されたのが幻の作品『The Lonesome Crouching Nude』だ。
パブロ・ピカソ『The Lonesome Crouching Nude』
この作品は実は2010年以前からピカソファンの間では知られていた。今から118年前、1903年のピカソの作品『The Life』に描かれたピカソのアトリエに、この絵が、作品内作品として飾られていたからだ。しかし、その実物を見たものは誰もいない。それゆえ、失われた作品として知られてきたのだ。
パブロ・ピカソ『A Life』
果たして蘇った幻の作品は、ロンドンで開催された新しいデジタル展示会・DeeepAIフェスティバルにて初めて紹介された。2021年10月のことだ。
実際のところ、その完成度は専門家も唸らせているようだ。ピカソの青の時代の特徴的な青色、そして神秘的なタッチ、それらはまさにピカソのものにしか見えないからだ。
それにしてもテクノロジーというのは恐ろしい。ピカソもまさか自分が若い頃に描き、なんらかの理由で潰してしまった絵画が、自分の死から半世紀後にほぼそのままの形で再現されてしまうとは思ってもみなかったはずだ。
あるいはこのような形で歴史上の天才画家たちの知られざる絵画がまた発見され、再現されるということもあるかもしれない。どこか他人の墓を暴いているようで気が咎めなくもないが、まだ見ぬ名作を拝むことができるなら是非とも拝みたいというのもまた人情。作家の気持ちはいざ知らず、少なくとも作品の方は、長き封印から解放されようやく日の目を見ることができて、喜んでいるはずだ。