3Dプリントファッション時代のココ・シャネル
3Dプリンターがファッションプロダクトにもたらす可能性はいまだ未知数だ。
世界ではすでに様々な取り組みが行われ、この二つの出会いが素晴らしいものであることを物語っている。
しかもアディティブマニファクチュアリングの進化は、新しい材料やアプリケーションをデザイナーたちに提供し続けている。これまでは、より芸術的な作品としての3Dプリントファッションが注目を集めてきたが、今後はウェアラブルな一般人向け衣服の3Dプリントプロジェクトがいよいよ活性化していくと見込まれている。
なんといっても、3Dプリントファッションの利点はカスタマイズ側の自由度の高さだ。3Dプリントファッションが一般化すれば、これまでの大量生産ベースの産業構造を根本的に変革するだろう。ディティールやサイズ、あるいは素材に関しても、まるでラーメン屋さんで麺の硬さやスープの濃さを選ぶような感覚で、選択できるようになるのだ。
もはや某有名ファストファッション店のアイテムを着用したところ、その日に会う友人と丸かぶりになってしまった、みたいな悲喜劇ともおさらば。すでに、アディダスをはじめ大手ブランドも3Dプリント技術を使用し始めており、これが本格化するのは時間の問題だとされている。
言うなれば、現在は3Dプリントファッション元年の前夜。今後の発展を踏まえた上で、ここでは現在注目の世界的な3Dプリントファッションデザイナーたちを紹介してみたい。果たして3Dプリントファッション時代のココ・シャネルとなる人物は誰なんだろうか。
①Anouk Wipprecht
画像:Anouk Wipprechtのスパイダードレス
一人目はオランダのデザイナー兼イノベーターのAnouk Wipprechtだ。ファッションデザインとエンジニアリング、ロボット工学などを組み合わせて、単なる外見を超えた体験をファッションにもたらしている。
彼女の代名詞と言えば「スパイダードレス」だ。ドレスのセンサーと可動アームは、着用者の呼吸リズムを感知して、プライヴェートエリアの境界設定を行なってくれる。男女平等の機運が高まる今日らしい、実にアクチュアルなデザインだ。
②Julia Daviy
画像:Julia Daviy
2人目は3Dプリント技術を使用して生分解性のファッションを制作しているJulia Daviyだ。彼女の服の特徴は、そのエコロジカルな素材と、デザインのオーソドックスさにある。これまで多くの3Dプリントファッションが「着やすい」ものではなかったのに対し、彼女の3Dプリントする衣服はデイリーユースを前提としたカジュアルなデザインとなっている。
制作プロセスにおいても多くのテキスタイルを無駄にすることがなく、大量生産に対する批判意識を持った、倫理的な3Dプリントデザインを追求しているのもポイントだ。
③Travis Fitch
画像:Travis Fitch
3人目はアメリカ人デザイナーのTravis Fitchだ。彼は3Dの異なるセクションからなるカラフルな3Dプリントドレスを制作し、ニューヨークファッションウィークで一躍話題の人となった。
その印刷プロセスは複雑で、カラフルなマルチ素材でプリントされている。素材もしなやかで、体の動きに見事に対応している。最もユニークな点は彩りだ。多くの3Dファッションがそれほどカラフルではなく単色が一般的な中、彼は見事に色の魅力を表現しきって見せた。この手法は今後の3Dプリントファッションシーンを大きく変化させるものとなるだろう。
④Ministry of Supply
画像:Ministry of Supplyのセーター
4人目はチームだ。アメリカはマサチューセッツ州を拠点とするMinistry of Supplyは、様々なバックグラウンドを持つ発明家たちのグループであり、彼らが制作しているのは3Dプリントニットだ。
目標は既存のものとは違う倫理的なサプライチェーンを開発すること、そして快適で耐久性のあるオンデマンド衣服を作成することだ。実際、彼らが3Dプリントするニットは、従来の製法よりも材料の無駄が35%削減されているという。
チームのスローガンは「科学的に良い世界を作る」というもの。美意識と倫理のバランスがいかに図られていくのか。
⑤Danit Peleg
画像:Danit Pelegのコレクション
5人目はテルアビブを拠点とするデザイナーであるDanit Peleg。世界で初めて一般に入手可能な3Dプリント衣服を制作した人物であり、また3Dプリント衣服だけのコレクションを世界で初めて成功させたのも彼女だ。雑誌『Forbes』のヨーロッパで活躍する50の女性が生んだテクノロジーの一つにも選ばれ、世界的にも注目度が高い。
彼女の目標は「自分自身が着ることができる快適な服を3Dプリンターによって作ること」。そして、その目標はすでにおおよそ達成されつつある。今後の3Dプリントファッション界の基礎を作り上げた彼女の功績はどれほど讃えても讃えすぎるということはないだろう。
⑥Alexis Walsh
画像:Alexis Walsh
6人目はアメリカはNYを拠点とするデザイナーであるAlexis Walsh。彼女はSLS方式の3Dプリンターを使用してドレスを制作している。さすがはトレンドの中心地NYのデザイナー、そのデザインはいずれも前衛的だ。
たとえば写真のドレスは、手作業で組み立てられた400枚のタイルからなる。3Dプリントを使用したこのドレスの制作にかかった時間はなんと6ヶ月。究極のハイエンドアイテムだ。
他のアイテムでは3Dプリントと従来の手法を織り交ぜたピースを制作している、いわばハイブリッド。どこか映画『フィフスエレメント』の衣装のようでもあり、近未来を彷彿させる。
やがて「3Dプリントファッション」は死語に
いかがだっただろうか。いずれも現在、最も先鋭的な活動をしている3Dプリントファッションデザイナーだ。
一点、ここで取り上げたデザイナーはいずれも、女性向けのファッションをデザインしている。では男性用3Dプリントファッションはないのか。残念ながら現状では少ない。しかし、たとえばViptie3Dという企業が3Dプリントネクタイを開発していたり、あるいはアディダスが3Dプリントスニーカーを制作していたりと、ファッショングッズの方では男性向けのプロダクトも存在する。
画像:Viptie3D
もちろん、アクセサリーや時計などの業界では、3Dプリンターは以前から活躍しており、すでに市場に並んでいる商品にも3Dプリント製や部分的に3Dプリンターを使用したプロダクトが多くある。
おそらくはいずれ、この記事のようにあえて「3Dプリントファッション」と銘打つ日も終わるのだろう。ファッション業界に完全に3Dプリンターが浸透した時、もはや「3Dプリント」の冠は意味をなさないからだ。
その日が来るのを待望しつつ、それが同時にこの記事の賞味期限の終わりを意味するのかと思うと、少しだけ複雑な気持ちである。