色覚異常の治療を前進させる3Dプリント色付きメガネ
私たちは本当に同じ世界を見ている?
唐突だがこの画像を見たことがあるだろうか。
この写真に写ってるボーダー柄のドレス、実は見る人によって全く異なる色として見えることで知られているのだ。
おそらく、これをお読みの方の多くは、このドレスが「白と金」のボーダー、あるいは「青と黒」のボーダーに見えていると思う。ちなみに筆者は初見において白と金のボーダーに見えた。正直、これが青と黒のボーダーに見える人がいるということが信じがたい。
多分、青と黒に見えてる人もまた同じように思っているに違いない。なぜこのような違いが生じるのかといえば、この画像に対する「光の当たり方の解釈」によって見え方が変わってくるのだという。
なるほど。つまりはこの画像を見た際に、脳が勝手に光の当たり方を解釈し、それによって認識される色が何色かが変わってしまうというわけか。
それにしても、なんとも奇妙な気持ちにさせられる。普段、私たちはなんとなしに、同じ人間である以上、みんな同じように世界を見ていると信じ込んでいる。私が赤だと感じている色は誰かにとっても赤に見えているはずだし、その赤は私が感じている赤と同じ赤であるはずだということに、特に疑いすら抱いていない。
しかし、このドレスの画像はそうした確信を突如として揺らがせる。もしかしたら、私が赤だと信じ込んでいる色はみんなにとっての赤とは違う色なのかも。そんな疑いにさいなまれてしまう。
思えば確かに、動物は種によって視覚が全く違うと言われている。そもそも認知できる色数も異なれば、解像度だってまちまちだ。たとえば猫の目は緑や青は認識できるものの赤を認識することはできないらしい。赤信号でいかに危険を知らせてみたところで、猫の世界には赤という色そのものが欠落しているのだ。
「むぎにゃん毎日猫日記」より画像引用
これはなにも種間関係に限った話でもないだろう。同じ人間であっても、色彩感覚がその種の平均的な感覚から大きく乖離してしまっている人たちもいる。そうした人々は一般に「色覚異常」と呼ばれている。
3Dプリント色付きメガネが色覚異常を補正する
色覚異常には様々なケースがあるが、最も多いとされているのは、赤緑色覚異常だ。程度によって差はあるものの、一般に赤緑色覚異常の方は、赤と緑、橙と黄緑、茶色と緑、青と紫、ピンクと白や灰色、緑と灰色や黒、赤と黒、ピンクと水色などの色を見分けることが、一般的な色覚を持つ人に比べて困難だとされている。
色覚異常の簡易検査に用いられる石原式検査表。正常とされている色覚を持っている人にはドットパターンの中に浮き上がっている数字や文様が認識可能。
こうした色覚異常によって日々の暮らしに生じる困難は様々ある。そうした困難に対処するために現在一般に用いられているのが、色付きのメガネだ。この色付きのメガネを装着すると色覚が補正され、装着していない時に比較して、色の区別が容易になる。ただ、難点もあり、通常、この色付きメガネは個人に合わせてカスタマイズされているわけではないため、装着者によっては不快であったり、あまり効果がなかったりしてしまうのだ。
こうした状況を好転しようと動いているのがアブダビのハリファ科学技術大学(KU)の研究チームだ。
彼らは3Dプリント技術によって個々人の色覚に合わせてカスタマイズされたレンズを出力することで、それぞれに違和感のない色付きメガネをスムーズに作り出す技術について研究している。
チームによれば、レンズへの色付けは2つの波長フィルター染料を混ぜた透明樹脂を使用して行われるという。2つのうちの1つの色素が患者にとって望ましくない赤緑色の波長をブロックし、もう1つの色素が患者にとって望ましくない黄青色の波長をフィルタリングする。これらのバランスを患者それぞれの色覚に合わせて調整することで、あらゆる人にストレスのない色付きメガネをスピーディーに作ることができるというわけだ。
メガネレンズの3Dプリントは過去にも行われてきたが、色付きメガネのレンズの3Dプリントはこれまでにない全く新しい試みである。加えて、その研究は色覚異常の人々により快適なオプションを提供する可能性がある。研究チームによれば、3Dプリントされたカラーレンズは耐久性も優れているとのこと。これは少しでも早い実用化が期待される。
先に触れたドレスの色味の話からも分かるように、周囲と色彩を共有できないという状況は、それだけでも強いストレスが伴う体験だ。3Dプリント技術がそうした状況の改善につながってくれることを願ってやまない。