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日本の神社仏閣を3Dプリンターが救う|高校生が作った本物そっくりの仏像

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日本の神社仏閣を3Dプリンターが救う|高校生が作った本物そっくりの仏像

 

神社やお寺を悩ます盗難被害

 

日本の正月には神社仏閣が欠かせない。

無宗教と言われる日本人だが、実際のところ、その生活には仏教と日本神道のしきたりが染み付いている。確かにキリスト教やイスラム教のような明確な教義に基づいて生きているわけではないが、皆当たり前のように寺や神社に行くし、そこに崇高さや神聖さを感じ取っている。お墓参りや法事だってそうだ。お坊さんのお経を聞きながら仏前に手を合わせることは、もはや私たちの暮らしの一部をなしている。

特に年越しと正月は、大晦日の除夜の鐘から、元旦の初詣に至るまで、日本人が最もその暮らしに内在化された信仰をあらわにする時期でもある。今年はコロナ禍も収まり気味であったことから、各地の神社が多くの参詣客で賑わい、正月らしい正月となったようだ。歴史を振り返れば、大変な時期にこそ人々は神社仏閣を参ってきたとも言える。そう思うと、今こそ神社仏閣がその役目を果たす時期なのかもしれない。

 

 

 

 



ところで、実は近年、神社仏閣において仏像や神像の盗難被害が相次いでいるのをご存知だろうか。

被害の中心となっているのは、その文化財的価値を知られることなく、各地の集落に暮らす人々が心の拠り所として守り伝えてきた、身近に祀られる仏像など。なんとも悲しい話だが、実際にその被害が全国各地の集落に及んでしまっている。

 

 

 

 



そうした盗難事件が発生する背景には、現在インターネットのオークションなどにおいて、仏像や神像が日本の古美術品として出回っており、世界においても人気ジャンルとなっているという状況があるという。こうしたオークションでの転売を目的として、転売を目的として仏像を盗みとる窃盗犯が数多く出現しているのだ。

またもう一つ、地域の高齢化と過疎化という問題もある。現在、全国で寺院の無住化が進んでいる。それに伴い、管理の担い手が不足し、結果的に犯罪を抑止する目が行き届かなくなってしまっているのだ。

地方の小さな暮らしに密着している存在だからこそのセキュリティ不足、それによって生じる盗難被害。

なんでも日本の伝統的な信仰を毀損するこうした問題に、今、3Dプリンターを駆使して向き合っている若者たちがいるというのだ。

 

 

高校生らが3Dプリントした「お身代わり仏像」


地元の仏像を盗難から守る。

そうした意図の下に立ち上がったのは和歌山県の高校生と大学生だ。朝日新聞によれば、なんでも彼らは和歌山県海南市の大崎観音堂に祀られている釈迦像のレプリカを「お身代わり仏像」として3Dプリンターによって昨年12月に作ったというのだ。

実はこの「お身代わり仏像」、すでに30体目になるという。地域の仏像とそっくりのレプリカを製造することで、特に盗難のリスクが高い場所に置かれている仏像と交換、ありうべきリスクから守ろうというわけだ。ここには同時に仏像盗難による住民たちの精神的な被害を回避するという目的もあるという。

 

 

 

 



地域にとってシンボルともなっている仏像がレプリカで良いのだろうか、という疑問に関し、朝日新聞の取材に対して、本物の仏像の保管に当たる和歌山県立博物館の主任学芸員は「作った生徒が自ら地域住民に『奉納』することが大事」と話しているようだ。たしかに3Dプリンターで作っているとはいえ、地域の信仰を守るために製造され、奉納された仏像ならば、それは間違いなく「本物」と言える。今後、実際に人々と触れ合っていくことで、霊験を獲得していくに違いない。

そもそも和歌山県でこの活動がスタートしたのは2012年。なんでも2010年からの1年間で少なくとも172体の仏像が盗まれていたそうで、こうした被害を未然に防ぐ上で、博物館が中心となりレプリカの制作がスタートした。

 

 

2017年に制作されたお身代わり仏像(左が実物で右が複製)



現在、すでに15ヶ所で29体のレプリカへの置き換えが完了している(本物は博物館で保管)。今回の仏像は県立和歌山工業高校産業デザイン科の生徒らによって2020年頃から制作が始められた。まずは本物の仏像の造形を3Dスキャンし、得られた3Dデータを統合し、微修正した後に、3Dプリンターで出力したという。

今後こうした取り組みが全国に広がっていくことでもたらされるものは、盗難被害の減少のみではないだろう。地域と若者とが伝統的な信仰とテクノロジーを介して繋がっていくことで、世代間の断絶も架け橋されるだろうし、ひいては地域そのものがアップデートされていくきっかけにもなるはずだ。何より3Dプリンター活用の可能性として、これは実に素晴らしい方法だと言えるだろう。

ところで、確かに仏像や神像の窃盗犯たちは卑劣な犯罪者ではあるのだが、一方で日本の仏教にはそうした「悪人」こそが救済の対象であるという考えもある。たとえば浄土真宗の開祖である親鸞はそれを「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」という言葉で表しているし、江戸末期に上田秋成がまとめた「春雨物語」には、若き日に博打に狂い、借金のために父母を殺害し、その後盗賊にまでなったものの改心し、年老いてある寺の高僧となった“はんかい”という人物の物語が記されていたりする。仏の御心は広く、そして深いのだ。

 

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