3Dプリントが可能にした高度な素材の新しい構造|カーボンファイバー、セラミックス、メタマテリアル
3Dプリント技術によって可能となった重要なイノベーション
3Dプリンターの登場が人類文明のステージをさらに一つ押し上げたことは間違いがない。現在、医療、建築、製造、ヘルスケア、ファッション、宇宙開発まで、暮らしや文化の様々な側面に3Dプリンターが関わっており、そして多くの場合、それは従来よりも良い方向へと進んでいる。
またかつては大変高価だった3Dプリンター自体も、より手頃で利用しやすい価格帯へと変化してきており、産業のみならず趣味の分野でも欠かすことのできないテクノロジーとなりつつある。
ただ、具体的に3Dプリンターは何を変えたのだろうか。大きなところではオンデマンド生産の可能性をぐっと切り開いたという点が挙げられる。その他にも、人工ミートの製造や新しい医療技術の開発、住宅建築の低コスト高速化、考古学的価値を持つ美術品の修復などなど、数え上げたら枚挙にいとまがない。
そこで今回は3Dプリント技術によって可能となった、特に重要なイノベーションについてを考えてみたい。
従来の方法では扱いきれなかった高度な素材を用いた新しい構造の造形についてだ。
カーボンファイバー|樹脂の23倍、アルミニウムよりも高い強度対重量比
3Dプリンターの登場によって高度な素材による新しい構造を持つ物質の造形が可能になった。
3Dプリンターには様々な素材があり、一般的なところでは樹脂や金属、その他にもガラスや木材、あるいは幹細胞や食材など、素材のバリエーションは日々増していってるが、ここで注目すべきはカーボンファイバーだろう。
カーボンファイバーとは炭素繊維のこと、石油やアクリル系の長繊維を炭化(黒鉛化)して作られ、耐熱性、通電性、薬品反応耐性、低熱膨張率、自己潤滑性などに優れていることを特徴とする。
現在多くのメーカーがカーボンファイバーで出力できる3Dプリンターを提供している。
3Dプリンターで用いるカーボンファイバー素材には大きく分けて二種類あり、一つは樹脂に炭素繊維を混ぜ込んだフィラメントだ。フィラメントは線状のものがスプールに巻かれた状態で販売されていますが、樹脂を線状にする前に、溶けた樹脂に炭素繊維を混ぜ込んでからフィラメントとして製造したものがこれに該当する。樹脂にカーボンを混ぜ込むことで、樹脂単体よりも丈夫になり、強度や耐摩耗性に富んだオブジェクトを出力することができるようになる。
もう一つは、Markforged社が開発した「CFR(Continuos Fiber Reinfoeced:連続繊維強化)」技術で利用できるカーボンファイバーだ。これは3Dプリンターが物体を出力する際、必要な層と層の間に1mm以下ほどの直径の長くて連続性のある繊維を埋め込むようにして、強度を向上させるもので、現在カーボンファイバー3Dプリントといえば、主にこの素材を指しているといってもいい。
先述の通り、カーボンファイバーを素材とした3Dプリントの造形物で最も特筆すべきはその高い強度だ。実際、その強度は樹脂の23倍と言われており、アルミニウムよりも高い強度対重量比を実現している。自動車などの部品としても使用しうる強度を備え、かつ軽量でもあるカーボンファイバーは、今後の製造業を革新する鍵となることは間違いない。
近年では軽量かつ頑丈なカーボンファイバーの特性を活かし、3Dプリンターで製造されるカスタマイズ自転車「Superstrata」が話題になった。シルエットも洗練されている。こちらも3Dプリント技術がなければ登場することはなかったはずだ。
https://superstrata.bike/product/superstrata-c
セラミックス|ダイヤモンドに迫る強度と耐摩耗性
カーボンファイバーと並んで注目度が高い素材としてはセラミックスがある。
セラミックスは樹脂や金属に対し、3Dプリント分野では随分と遅れをとってきた。しかし、セラミックスには樹脂や金属材料にはない多くの特徴がある。
まず特筆すべきポイントとしては、その強度や耐摩耗性の高さだろう。その硬さは超硬金属よりも高く、ダイヤモンドに迫るとも言われている。さらに、表面を緻密に仕上げることが可能であり、芸術的な陶器作品のように、質感の高い製品を作ることもできる。
これまでセラミックスは陶磁器を製作するのには使われてきたものの工業製品の材料としては使いこなすことができずにいた。それゆえ、難加工材の代表例とも考えられている。3Dプリントの素材としても部分的な使用こそされていたものの、全面的なセラミックス3Dプリントは長らく実現していなかった。
しかし近年、3Dプリンティングに活用できるセラミック材料も登場してきている。たとえばAGCセラミックスが開発した3Dプリンター用セラミックス造形材「Brightorb」などだ。
Brightorb
この素材は焼成後の収縮率が1%以下と極めて小さく、設計図通りに3Dプリントした焼成前の造形物の形状を焼成後もほぼそのまま維持できる点を特徴としており、かつ造形物を形成する際の層の厚さが0.1mmと薄く、積層痕が目立たない精度で造形できるという優れものだ。エンジニアリング分野だけではなく、アートデザインの世界にも素材革命を巻き起こしつつあり、3Dプリントの一大潮流になりつつある。
実際、AGCセラミックスは2019年に開催されたミラノデザインウィークで、「Brightorb」を用いて3Dプリントした作品によるインスタレーションを展開している。水の波紋を緻密にシミュレーションしたセラミックス作品は、この分野が秘めている可能性をおおいに窺がわせるものだ。
画像引用/AGC https://www.agc.com/hub/pr/BRIGHTORB.html
メタマテリアル|4Dプリントを可能にする形状遷移素材
もう一つ、現在注目されている素材がメタマテリアルだ。
メタマテリアルとは電磁波の波長よりも細かな構造体を利用して,物質の電磁気学的な特性を人工的に操作した疑似物質のことでそれ自体が複雑な機械のように機能する、まさに近未来の素材だ。一例を挙げればローレンス リバモア国立研究所は、特定の温度範囲に対応するように調整可能な、加熱によって収縮する材料を開発している。
こうした素材を用いた3Dプリントによって新たに生み出されたのが、たとえば気化冷却レンガなどだ。これは液体が蒸発する際に周囲の熱を奪っていく「気化冷却」の作用を利用したレンガで「Cool Brick」と呼ばれている。
Cool Brick
Cool Brickは各ブロックを連結することができ、表面の凹凸がパズルのようにフィットするため、モルタル素材でしっかりと接着することが可能だという。また、デコボコした特殊な形状は日よけの効果を持っており、表面温度の低下だけでなく、強い太陽光による素材の劣化を防ぐことができるようになっている。理論的には乾燥した気候であればCool Brickだけで家屋を作ることもでき、Cool Brickの近くに水を張って置いておくだけで、壁全体が電源のいらない自然のクーラーになるとのことだ。
あるいは5年ほど前から話題となっている4Dプリンターもその一つだ。4Dプリンターとは材料として形状が遷移する素材を用いた3Dプリントのことで、成形後に形を変えることができることから「4D」と呼ばれている。
4Dプリンティングという概念を広く世の中に提案したMIT研究者のスカイラー・ティビッツによれば、4Dプリンティングは、生物に見られる自己組織化という現象を、任意にヒトのスケールで実現しようというものであり、畢竟、最終形状への変化をプログラムできる素材/機構の開発、ヒトの空間で自己組織化を行うプロセスの開発が目指されているという。
現在、4Dプリンティングは宇宙開発や医療、軍事といったさまざまな環境への適応を目指す分野からの注目を集めている。
まとめ
いかがだっただろうか。
3Dプリントというと、従来の製造工程のコストカットや時短、無駄の削減ばかりに評価が集まりがちだが、実は製造技術そのものを大きく革新させている。これまでは使用不可能だった素材を用いた新しい構造の造形は、今後の文明社会を支える新たな基盤になっていくことだろう。
もちろん、ここに紹介したものはほんの氷山の一角に過ぎない。
今後も注目の技術革新を随時紹介していきたいと思う。