
世界初!8歳の少年に3Dプリントのチタン製大腿骨を移植——ベトナム発、挑戦の物語
がんと闘う8歳の少年の脚を守るために、世界で初めて完全3Dプリントのチタン製大腿骨(だいたいこつ)が移植されました。この画期的な手術を行ったのは、ベトナム・ハノイにあるVinmec Times City 国際病院。少年の脚を残すことができただけでなく、子ども向けの骨肉腫(こつにくしゅ)治療に新しい希望の道を切り開いたとして、世界中の医療関係者の注目を集めています。
子どもの未来に合わせて設計された、大腿骨
通常、大腿骨の全置換手術では既製品のインプラントが使われることが多いのですが、特に成長期にある子どもには合わないことが多く、何度も再手術が必要になるケースもあります。
そこで今回使われたのが、完全オーダーメイドの3Dプリント大腿骨。しかもその設計・製造は、すべてベトナム国内で行われたというから驚きです。設計を担当したVinUni(ヴィン大学)の3D医療ラボでは、少年の骨の形や将来的な成長も細かく分析。将来の変化にも対応できるモジュール式の設計で、これまでにない柔軟性を実現しました。
“断脚”を拒んだ母の強い想いが動かした医療チーム
この挑戦のきっかけは、少年のお母さんの強い願いでした。がん治療後、医師たちは断脚(脚を切断)を提案しましたが、母は「息子の未来を奪いたくない」と断固として拒否。医療チームはその思いに応え、誰も挑戦したことのない新しい道を選ぶ決断をしました。
手術は2段階で実施。2024年1月に腫瘍を除去し仮の人工骨を入れて治療を進め、2025年5月に本番の手術で3Dプリントされた大腿骨を移植。少年の体調と成長、そして精密な設計の完成を待った上での慎重なステップでした。
東南アジアから、世界へ。進化する地域医療の力
この手術は単なる成功例にとどまりません。「高性能な医療機器は欧米製」という常識に挑んだ、地域主導の医療イノベーションの象徴でもあります。
3Dプリント技術を活用することで、海外メーカーに頼らず、早く・安く・患者にぴったり合った医療機器を作れる。しかも、地元の医師・技術者・研究者が一体となって進めたプロジェクトだからこそ、ここまで実現できたのです。
ベトナムはもちろん、東南アジア全体が、世界水準の「精密医療」を自国で実現する力をつけ始めていることを、この手術ははっきりと示しています。
あきらめなかった親子の想いが新しい医療を生み出す
もちろん、3Dプリントや最先端医療の話としても十分に興味深いですが、この物語の核にあるのは「あきらめなかった親子の想い」かもしれません。
「手術が成功する保証はなかった。でも、可能性が少しでもあるなら挑戦したかった」——そんな想いが、医療チームに火をつけ、技術者を動かし、国の医療体制に新たな一歩を踏み出させました。
今、少年は自分の脚で、自分のためだけに設計され、成長に合わせて伸びる、未来を見据えた大腿骨と共に、再び歩いています。
