
FDM方式の3Dプリンターには「アイロニング(Ironing)」という機能があります。
これは、プリントの最後にノズルをもう一度トップ面の上でゆっくり動かし、少量のフィラメントを押し出しながら表面を均すことで、より滑らかな仕上がりを作るテクニックです。
しかし、この機能を少し変わった使い方をすると、単に表面を綺麗にするだけではなく、模様やロゴを描くことができるんです。
その方法が「選択的アイロニング(Selective Ironing)」です。
この記事では、選択的アイロニングの仕組みから、各スライサーでの具体的な設定、CADでの模様の作り方、向いているケース・向いていないケースまで、実践で使えるレベルで詳しく解説していきます。
そもそもアイロニングとは?
まず基本のおさらいから。アイロニングとは、FDMプリンターのスライサーに搭載されている機能で、最上面(トップサーフェス)をノズルで再度なぞって表面を平滑にする処理のことです。
通常のプリントでは、最終レイヤーの表面にどうしても積層ラインが残ります。アイロニングを有効にすると、最終レイヤーのプリント後にノズルがもう一度トップ面を走査し、ごく少量のフィラメントを押し出しながら表面のデコボコを埋めてくれます。
結果として、トップ面が滑らかで均一な質感の仕上がりになります(素材や設定によって光沢寄りになったりマット寄りになったりします)。一方、アイロニングされていない部分には通常の積層ラインが残ります。
この「アイロニングされた部分」と「されていない部分」の質感の違い。これが選択的アイロニングのカギになります。
選択的アイロニングの原理
通常のアイロニングは、トップ面全体に均一に適用されます。つまり、表面全体をならして滑らかにするための処理です。
選択的アイロニングはその発想を少し変えます。表面の一部だけにアイロニングを適用するのです。
これにより、アイロニングされた部分とされていない部分で質感や反射に差が生まれ、結果として模様が浮かび上がるようになります。
しかも面白いのは、この方法ではモデルの高さを一切変えずにデザインを追加できることです。
つまり、「色を変える必要なし」「追加のパーツなし」「形状変更なし」で、ロゴやパターンを入れることができます。

▲ 選択的アイロニングの完成例。表面の質感差だけで模様を表現している(出典:Julius Makes)

実装の全体フロー
このアイデアを考えたのは、Iulius Curt氏(GitHubハンドル iuliux)です。
コンセプトはシンプルですが、実際に実装するのは少し工夫が必要です。基本的な流れは次の3ステップです。
- CADで模様を「1レイヤー分の高さ」でモデルのトップ面に追加する
- スライサーでアイロニングを有効にしてスライスする
- 後処理スクリプトで模様レイヤーの「印刷部分」だけを削除し、アイロニング部分を残す
するとどうなるか。
スライサーは模様部分を「ここがトップ面だ」と認識してアイロニングを生成します。しかし後処理でそのレイヤーの実際の印刷コマンドを削除すると、アイロニングの動作だけが残るのです。
結果として、トップ層の表面にだけ模様が現れます。
それでは、各ステップを詳しく見ていきましょう。

ステップ1:CADで模様を追加する
まず、プリントしたいモデルのトップ面に、模様やロゴを「1レイヤー分の高さ」で追加します。
Fusion 360の場合
- モデルのトップ面に、入れたい模様のスケッチを描く(テキストやSVGインポートでもOK)
- そのスケッチを押し出し(Extrude)で、レイヤー高さと同じだけ上方向に押し出す(例:レイヤー高さ0.2mmなら0.2mm)
- 「結合(Join)」でベースモデルと一体化する
TinkerCADの場合
- ベースモデルの上に、テキストや図形を配置する
- 高さをレイヤー高さと同じ値に設定する(例:0.2mm)
- ベースモデルのトップ面にぴったり乗るようにZ位置を調整する
- 全体をグループ化する

▲ CADモデルの例。ベースのトップ面に1レイヤー分の高さで模様(テキストや図形)を追加している(出典:GitHub - iuliux/selective-ironing)
ポイント:模様の高さは必ずスライサーで設定するレイヤー高さと同じにしてください。0.2mmレイヤーなら0.2mm、0.16mmなら0.16mmです。これがズレると、後処理スクリプトで正しく処理できなくなります。
また、模様のディテールはノズル径に依存します。0.4mmノズルの場合、線の幅は最低でも0.4mm程度必要です。あまり細かい模様は潰れてしまうので、シンプルで太めのデザインから始めるのがおすすめです。
ステップ2:スライサーでアイロニングを設定する
次に、スライサーでアイロニングを有効にします。主要な3つのスライサーそれぞれの設定方法を紹介します。
Cura(UltiMaker Cura)
設定場所:Top/Bottom → Enable Ironing
| 設定項目 | 推奨値 | 説明 |
|---|---|---|
| Enable Ironing | ✔ 有効 | アイロニング機能のON/OFF |
| Ironing Pattern | Zigzag | ジグザグが最も均一な仕上がり |
| Ironing Line Spacing | 0.1mm | 小さいほど滑らかだがプリント時間増 |
| Ironing Flow | 10〜15% | 多すぎると表面が盛り上がる |
| Ironing Speed | 15〜20mm/s | 遅い方がきれい |
| Ironing Only Highest Layer | モデルに応じて選択 | 最上面だけに模様を入れるならオン、中間のトップ面にも模様を入れたいならオフ |
PrusaSlicer / OrcaSlicer
設定場所:Print Settings → Infill → Ironing(PrusaSlicer) / Quality → Ironing(OrcaSlicer)
| 設定項目 | 推奨値 | 説明 |
|---|---|---|
| Ironing Type | Topmost surface only | 最上面のみにアイロニングを適用(選択的アイロニングではこれが必須) |
| Ironing Flow Rate (%) | 0% | 後処理スクリプト使用時は0%に設定。通常のアイロニングでは10〜15%が目安 |
| Ironing Spacing | 0.1mm | パス間隔。狭いほど均一 |
| Ironing Speed | 15mm/s | ゆっくりの方が仕上がりが良い |
補足:OrcaSlicerはPrusaSlicerベースですが、UIの配置が異なり「Quality」タブ内にアイロニング設定があります。またOrcaSlicerにはIroning Angle(アイロニング角度)という独自の設定項目もあり、0°/ 45°/ 90°などでアイロニングラインの向きを調整できます。Bambu Studioも同様の設定体系です。
各スライサー共通のコツ
- Ironing Flow(フロー)は控えめに:10〜15%が目安。高すぎると表面にフィラメントが盛り上がって模様が潰れます
- 速度は遅めに:15〜20mm/sが安定します。速すぎるとノズルが表面を荒らしてしまいます
- Line Spacingは0.1mm前後:狭いほど滑らかですが、プリント時間は長くなります。まずは0.1mmで試してみてください
ステップ3:後処理スクリプトの仕組み
ここが選択的アイロニングの核心部分です。
スライサーが生成したG-codeには、模様部分のレイヤーとして以下の2種類のコマンドが含まれています。
- 通常の印刷コマンド:模様部分にフィラメントを積層するG1コマンド(実際にフィラメントを押し出す移動)
- アイロニングコマンド:その上をなぞるアイロニング用のG1コマンド(ごく少量のフィラメントで表面を均す移動)
後処理スクリプトがやっていることは、シンプルに言えば「模様レイヤーの印刷コマンド(1)だけを削除して、アイロニングコマンド(2)だけを残す」という処理です。
G-codeの中身を見ると、スライサーは各動作の種類をコメントで区別しています(例:壁の印刷、面の充填、アイロニングなど)。後処理スクリプトは、最終レイヤーのうちアイロニング以外の移動ブロックを特定して削除し、アイロニングの移動ブロックだけを残します。
具体的なイメージ:
; 最終レイヤー(模様部分)
; --- 通常の印刷コマンド ---
G1 X... Y... E0.5 ← フィラメント押出あり
G1 X... Y... E0.5 ← → 後処理で削除!
G1 X... Y... E0.5 ←
; --- アイロニングコマンド ---
G1 X... Y... E0.001 ← ごく微量の押出
G1 X... Y... E0.001 ← → 残す!
G1 X... Y... E0.001 ←
つまり、模様レイヤーのフィラメント積層はキャンセルされるので高さは増えないのに、アイロニングだけがベースのトップ面上で実行されるため、模様部分だけが周囲と異なる質感になるというわけです。
スクリプトの入手と使い方:
Iulius Curtが公開しているスクリプトは、PrusaSlicer用の後処理スクリプトとして動作します。設定方法は Print Settings → Output options → Post-processing scripts にスクリプトの絶対パスを指定するだけです。OrcaSlicerでも同様の後処理スクリプト機能で利用できます。
スクリプトはGitHubで公開されています:github.com/iuliux/selective-ironing(サンプルデータも同梱)
なお、スライサーのプレビュー画面には後処理の結果は反映されません。実際にプリントしてみて初めて模様が確認できる点はご注意ください。詳しい手順はJulius Makesチャンネルの動画でも解説されています。
選択的アイロニングが向いているケース
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▲ 選択的アイロニングで作成したデザインの仕上がり(出典:Julius Makes)
どんなモデルや用途で効果を発揮するのか、整理してみましょう。
効果的なケース
- 広い平面トップを持つパーツ:ケースのフタ、コースター、ネームプレートなど。平面が広いほど模様がはっきり見えます
- ロゴ・ブランドマーク入れ:製品プロトタイプや自作パーツに、彫刻なしでロゴを追加できます
- パーツの識別番号・ラベル:機能パーツに文字を入れたいとき、形状を変えずにラベリングできます
- 幾何学模様・テクスチャ:ストライプ、格子、波模様など、シンプルな繰り返しパターンがきれいに出ます
- ギフトやディスプレイ品:ちょっとした特別感を演出したいときに
向いていないケース
- 曲面のトップサーフェス:アイロニングは基本的に水平なトップ面で機能します。球面やドーム形状には適用が難しいです
- 非常に細かいディテール:ノズル径(通常0.4mm)以下の線幅は再現できません。写真のような複雑な模様には不向きです
- 強度が求められるパーツ:模様レイヤーを削除するため、そのぶん最上面のレイヤーが1層減ることになります。構造的に影響はほぼありませんが、理解しておきましょう
- 量産品:後処理スクリプトの設定が必要なため、ワンオフやプロトタイプ向きです
フィラメント選びで仕上がりが変わる
選択的アイロニングの仕上がりは、使うフィラメントの特性によってかなり変わります。ポイントを押さえておきましょう。
マット vs 光沢
最も大きな差が出るのがフィラメントの表面仕上げです。
- マットフィラメント:アイロニングされた部分の質感が周囲と大きく変わるため、コントラストが最も強く出る傾向があります。選択的アイロニングとの相性は抜群です
- 光沢フィラメント:もともと表面に光沢があるため、アイロニングとの質感差が出にくいことがあります。ただし、積層ラインの有無による差は出るので、十分に効果はあります
模様のコントラストを最大化したいなら、マット系のフィラメントが断然おすすめです。SK本舗で取り扱っているマット色PLAフィラメントは、落ち着いた質感でアイロニング部分との差がはっきり出るので、選択的アイロニングを試すのにぴったりです。
PLA vs PETG
- PLA:アイロニングとの相性が最も良い素材です。融点が低く流動性が安定しているため、均一できれいな仕上がりになりやすいです。まずはPLAで試すことをおすすめします
- PETG:アイロニング可能ですが、糸引き(ストリンギング)が起きやすく、PLAほどきれいな仕上がりにならない場合があります。フロー率をPLAより低め(8〜12%程度)にして、リトラクション設定も見直すと改善します
これから選択的アイロニングに初めてチャレンジするなら、まずは扱いやすいPLA+フィラメントがおすすめです。SK本舗のGENESIS PLA+は、層間密着が良く反りにくいので、アイロニングの安定性も高いです。トップ面がきれいに仕上がりやすいフィラメントを選ぶことが、選択的アイロニング成功の近道です。
色の選び方
アイロニングの効果は色によっても見え方が変わります。
- 濃い色(黒・ダークグレー・ネイビーなど):光の反射差が際立つため、模様がくっきり見えます
- 白や淡い色:コントラストは弱めですが、角度を変えると模様が浮かぶ「隠し模様」的な上品な仕上がりになります
- シルク系フィラメント:独特の光沢があるため、アイロニングとの組み合わせで面白い効果が得られることも
まずは試してみよう:最初の一歩
ここまで読んで「面白そうだけど、ちょっと難しそう…」と思った方もいるかもしれません。
でも大丈夫です。最初の一歩は思ったよりシンプルです。
おすすめの最初のプロジェクト:四角いコースターにイニシャルを入れてみる
- TinkerCADで80mm × 80mm × 4mmの四角い板を作る
- その上にテキスト(自分のイニシャルなど)を配置し、高さを0.2mmに設定する
- グループ化してSTLでエクスポート
- スライサーでレイヤー高さ0.2mm、アイロニングを有効にしてスライス
- 後処理スクリプトを適用してプリント
シンプルな形状なので失敗しにくく、それでいて選択的アイロニングの効果がはっきりわかります。うまくいったら、もっと複雑な模様やロゴにもチャレンジしてみてください。
今後の可能性
現時点では、選択的アイロニングはまだ実験的なテクニックです。PrusaSlicerのmodifier meshやheight range modifierを使えば「モデルの一部だけにアイロニングをかける」こと自体は可能ですが、専用の「模様描画ツール」としてはまだ搭載されていません。
ただし、最近の3Dプリントコミュニティではアイロニングを応用した研究や実験が増えています。つまり、「表面をならす機能」が「デザインツール」に変わりつつあるのです。
本来は「仕上げのための機能」だったものが、まったく違う用途に使われ始める。今回の選択的アイロニングもその典型例です。
もしかすると将来的には、スライサーに「表面テクスチャを描くツール」が標準搭載される日が来るかもしれません。そのときまで、こうした創造的なハックを楽しんでいきましょう。
参考動画・リソース
選択的アイロニングのアイデアと実装方法は、Iulius Curt氏がYouTubeチャンネル「Julius Makes」で公開しています。実際のプリント映像はこちらの動画をぜひご覧ください。スクリプトやサンプルモデルはGitHubリポジトリからダウンロードできます。
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