京大の研究チームがバイオ3Dプリントしたあるもので世界初となる偉業を達成|飛躍する医療3Dプリント最前線
世界初の3Dプリント「神経導管」の移植手
先端医療と3Dプリンターの蜜月についてはこれまでも様々に紹介してきた。
特にバイオ医療の分野において3Dプリンターの活躍は目覚しく、医療の現場を大幅に刷新しつつある。
実は日本の研究チームもこの分野において多くの功績を残しているのだが、先日も京大病院の研究チームが、指や手首の神経を損傷した患者自身の細胞から神経導管をバイオ3Dプリントし、それを移植することで患部の神経を再生させるという実験に成功、大きく話題となっている。
今回、研究チームが3Dプリントしたのは、直径約2ミリ、長さ約2センチの「神経導管」。移植を受けた患者は指の知覚神経を失っていたが、移植後は回復。副作用や合併症などもなかったそうだ。
(画像)京都大学
従来、同様の移植を行う場合、患者の他の部分の神経を採取して移植する「自家神経移植」が一般的だった。しかし、この方法は採取される部位に痺れなどが残るなど、問題もあった。その点、今回は患者の腹部の皮膚から細胞を採取して培養し、バイオ3Dプリント造形しているため、従来の方法が抱えていた問題をクリアしている。
この神経導管の3Dバイオプリント及び移植手術を成功させたのは今回が世界初。医療の進歩を推し進める素晴らしいニュースだ。
バイオ3Dプリント技術と先端医療
もちろん、バイオ3Dプリント技術を用いた最新医療法の研究は、世界各地で様々に行われている。驚くべき成果も多い。以下では世界におけるバイオ3Dプリントと医療の先端的な研究の事例を幾つか紹介してみようと思う。
1.3Dバイオプリント身体
3Dバイオプリント身体と言えばなんともSF的な響きがあるが、実を言うとすでに存在している。
ノースカロライナ州にあるウェイクフォレスト再生医療研究所 のアンソニー・アタラ氏は、薬剤の毒性をテストするための新しい多臓器チップを開発した。アタラ氏が発表した2020年2月の論文によると、「チップ上の3Dボディ」は、市場に参入した後に薬剤を回収するリスクを減らすだけでなく、より迅速で経済的な薬剤開発につながる可能性があるというのだ。
この「チップ上の3Dボディ」とは、多臓器の身体を単純化したモデルを極小のチップ上に再現したものだ。通常、多臓器の3Dプリントは極めて複雑であり、その再現には巨大な設備が必要だが、この技術においては、極小サイズにおいてそれらを再現することで、薬剤の実験コストを大幅に下げ、またペースアップすることができるのだ。
すでにこの小さな3Dバイオプリント身体はコロナの研究にも使用されている。これまではウイルスと戦うための薬剤のテストはまずは動物で行うのが一般的だったが、現在はこの小さな3Dバイオプリント身体でおこなえるというわけだ。
もちろん用途は他にも多くある。まだまだ発展途上の技術だが、今後、大きく医療を変えていくことは間違いないだろう。
2.音波による細胞3Dプリント
スイスのバイオテクノロジー企業 mimiX Biotharapeuticsは音響バイオ3Dプリンター「CymatiX」をすでに2020年に発売している。
これは同社が独自開発した「SIM(音響誘導形態形成)」という技術を搭載したもので、音波による共振現象を利用し、生物学的な粒子をほんの数秒で高解像度パターンへと組み立て、多細胞構成物を生成するのだという。
音波を用いるために細胞の生存率や活動への影響が少ないことから、この技術はすでに再生医療や細胞治療の分野で大いに役立っているとのこと。音響波で細胞が作れてしまうだなんて、ちょっと驚きの技術である。
3.生きた心室まで再現する3Dバイオプリント心臓
カーネギーメロン大学の研究チームは、ヒトの心臓のMRIスキャンから、心臓の正確な模型を3Dバイオプリントによって形成することに成功している。
このバイオ3Dプリントは「Freeform Reversible Embedding of Suspended Hydrogels(FRESH)」と呼ばれており、外科医が手術の前に、患者の心臓の模型を使って練習する方法を提供することを目指して作られたものだ。
素材には海藻由来のアルギン酸が使用され、実際に触れてみると形だけでなく触感も本物とほぼ変わらないという。この心臓模型には血液のような液体を流し込むことも可能であり、さらに研究チームは最終的には生きた細胞によって拍動する心臓を作りたいと考えているそうだ。研究チームによれば2020年の時点で「その実現は10年以上は先だろう」とのこと。まだ少し待たなければいけなさそうだが、生命のコアである心臓を3Dプリントできる日がきたら、完全な人造生物だって作れるかもしれない。
4.乳房再建用の3Dバイオプリント乳房
すでに女性の乳房のバイオ3Dプリント研究も進んでいる。
研究しているのはフランスの再生医療会社Healshape。Healshapeが使用している技術はリヨン大学の超分子化学・生化学研究所が3D皮膚モデルを製造する企業であるLabSkins Creationsとともに開発された技術で、患者から採取された細胞を再組織することによって乳房の形を造形していく。
使用されるインクは天然の吸収性ヒドロゲルを使用したバイオプロテーゼでありこれはHealshapeが2020年に開発したものだ。このバイオプリントされたインプラントは基本的に患者の解剖学的構造に基づくもので、生物学的インクから作られているためその組成は人間の組織の組成に近い。そのため、プロテーゼが配置されると、脂肪の移動によって患者自身の細胞がインプラントにコロニーを形成し、脂肪組織の自然な成長とバイオプロテーゼの完全な吸収が可能になるという。Healshapeによれば、移植後、数ヶ月以内に身体は平常な状態を取り戻すことができるようだ。
Healshapeが想定しているのは、何らかの疾病により乳房切除手術を受けた女性に、乳腺を再建する機会を提供することだ。この技術では痕跡も残さずに6〜9ヶ月内に乳房を回復することができるという。現在、その臨床への導入に向けて研究が進められている。
美容外科や眼科でも活躍
上記したもの以外でも、たとえば現在は美容外科などにおいてもバイオ3Dプリント技術が用いられている。2022年には3DバイオプリンターメイカーのCELLINKが、バイオプリンティングを使用して患者それぞれにカスタマイズされた美容外科を提供するためのシステムの特許を取得して話題となった。
あるいは眼科医療においても、ニューカッスル大学のチェ・コノン教授の研究チームが角膜を作り出すための溶液を開発、3Dバイオプリンターによって人工角膜を作り出すことに成功したことを発表している。
このように、バイオ3Dプリント技術は医療の全分野において八面六臂の活躍を見せている。これからもその展開に目が離せなそうだ。