驚きの使い道!蚊の口吻が超精密3Dプリンティングノズルに
Dプリンターで繊細な造形を行うには、細くて正確なノズルが不可欠です。しかし市販の高精度ノズルは金属やガラス製で高価なうえ、一度使ったら廃棄されることもしばしば。そんな常識を覆す研究が2025年に発表されました。
カナダのマギル大学のチームは、何と「蚊の口吻(こうふん)」を3Dプリンターのノズルとして再利用するという手法を提案しました。蚊といえば厄介な害虫というイメージですが、その細く硬い針は微細な液体を正確に運ぶための理想的な構造を持っているのです。
なぜ蚊の口吻が適しているのか
蚊の口吻の内径は平均20~25マイクロメートルほどで、直径わずか0.02ミリメートルの極細チューブです。形状はまっすぐで均一かつ長さが約2ミリメートルと扱いやすく、人工ノズルに比べて小さな直径でも製造が簡単です。研究チームは、この自然の微小構造を“バイオノズル”として再利用できないか検討しました。高価な金属ノズルや非常に壊れやすいガラスノズルの代替になるかもしれないという発想です。
口吻は見た目に反して意外と頑丈です。内圧約60キロパスカルに耐えられるため、粘り気のあるバイオインクも破損せずに押し出せます。研究では口吻を滅菌した後に切り取り、市販の金属ノズル(30G相当)に接着剤で取り付けてシリンジ式押出機に接続しました。この構造により、3Dプリンターの動きに合わせて微細なパターンを自由に描くことができます。

印刷性能と操作のコツ
バイオノズルを使った造形では、インクの種類や流速が重要になります。チームは市販のバイオインク(Cellink StartやPluronic F‑127)を用いてハニカム構造や足場構造を作製し、直径18~28マイクロメートルのフィラメントを安定して出力できることを示しました。印刷後の細胞生存率は約86%と高く、細胞を含む構造物の作製にも適していることが分かりました。

ただし操作には注意も必要です。インクが速く流れ過ぎると口吻がストローのように裂けてしまうほか、ノズル先端でインクが固まると詰まりや破裂の原因になります。実験では、ノズルからの吐出速度とプリンターの移動速度のバランスを慎重に調整することで安定した造形が可能であることが確認されました。さらに圧力試験では平均破裂圧力が約59.7キロパスカルと測定され、設計した圧力範囲内で使用すれば安全に運用できることが示されています。
コストと持続可能性
この“ネクロプリンティング”技術の魅力はコストと環境負荷の低さにもあります。蚊は研究用施設で簡単かつ安価に飼育でき、1匹あたり数セントで育成可能です。口吻1本当たりのノズル製作コストは1ドル未満と推定されています。使い捨て金属ノズルが約80ドルと高価であることを考えると、抜群のコストパフォーマンスです。さらに口吻は生分解性で、冷凍保存すれば1年以上使用可能と報告されており、ガラスノズルのように破損しやすいという欠点もありません。
日常的に使うには寿命や温度範囲に注意が必要で、常温では9日程度で劣化が始まり、低温(20〜30℃前後)での使用が推奨されています。それでも、適切に保管・管理すれば研究室での消耗品として十分実用的と言えるでしょう。
未来への可能性
蚊の口吻をそのままノズルに利用するという発想は、「自然の構造を模倣する」のではなく「自然そのものを活用する」点で革新的です。既にこの手法ではハニカム構造のほか、カエデの葉やワッフル状の細かな3D形状も作製できています。また、薬剤を含んだハイドロゲルを皮膚に微量注入するような医療用途への応用も検討されています。
今後はノズルの温度耐性を高める研究や、より多様なバイオインクとの組み合わせ、常温での長期保存方法の開発などが課題として挙げられています。それでも、極細ノズルを低コストかつ環境に優しく提供するこの技術は、バイオプリンティングやマイクロデバイス製造に大きな可能性をもたらしてくれるでしょう。蚊が「厄介者」から「次世代製造の道具」へとイメージを一新する日が来るかもしれません。
写真:scientific advance
