
3Dプリンターが「薄毛」の悩みを完全かつ最終的に解決する!?|レンセラー工科大学による毛包バイオインク研究
毛包の移植は本当に可能なのか
古今東西を問わず人は薄毛に悩んできた。
実際、これまで様々な形で薄毛予防や薄毛改善、あるいは薄毛隠蔽のための技術がつくりだされてきた。
あるいは思想家のミシェル・フーコーのように、頭を剃り上げることで、つまりスキンヘッドにすることで、その悩みから逃れようとするものも少なくなかった。
しかし、人工知能と人々が気軽に世間話をするようになった2023年現在において、いまだ薄毛は完全かつ最終的な解決を見ていない。様々な薬剤などによって、その予防を行ったり進行を抑制したりすることは以前よりはるかに容易にはなったが、それらはあくまでも対症療法的なものに止まっている。
薄毛を頭皮の観点から考えた時、重要なのは毛包だ。毛包とは、頭皮の内側で毛根を包んでいる皮膚組織のこと。この毛包が毛髪の根を生成、保護して抜けないようにしている。
一般に薄毛が起こる原因はこの毛包のミニチュア化にあると言われている。加齢とともに毛包は徐々に小さくなっていき、それにより生えてくる毛が細く短くなり、頭髪が全体的に薄くなっていくのだ。
では、この毛包(細胞)を移植することができれば、例えばすでに完全に薄毛化している人の頭にも毛が生えてくるということだろうか。理論上はそうだ。
実際にこれまで毛包細胞の移植技術が様々に研究されてきた。ただ、何十年にもわたるこの研究においては現在に至るまで毛包ユニットが完全に発達した皮膚モデルはつくられていない。
しかし、その超えがたき壁がついに乗り越えられるかもしれない。その研究の鍵となっているのが3Dバイオプリンティング技術だ。
培養した毛包細胞からつくられたバイオインク
今年、レンセラー工科大学のパンカジ・カランデ博士が率いる研究チームは、3Dプリンティングを利用して、実験室で培養したヒトの皮膚組織に毛包を組み込むことに初めて成功した。この研究は将来の皮膚移植に新たな可能性を投げかけるものとなっている。
この研究は、2023年10月に「人間の皮膚の3Dバイオプリントモデルへの毛包の組み込み」というタイトルでScience Advances(https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adg0297)に掲載された。
画像引用/Science Advances
カランド氏によれば「ヒト由来細胞を使用した毛包の再構築は歴史的に困難でした。ただ、いくつかの研究では、これらの細胞を三次元環境で培養すると、新しい毛包や毛幹を生成できる可能性があることが示されて今す。私たちの研究はこうした研究結果に基づいたものです」とのことだ。
このアプローチのために、研究者チームは実験室で皮膚と毛包の細胞を培養し、特殊な3Dプリンターでそれらをバイオインクとしてさらに加工した。これを行うには、十分に3Dプリント技術を利用できるだけの、皮膚と毛包の細胞を実験室で増殖させることが重要だったという。さらに、研究者チームは各細胞タイプをタンパク質やその他の材料と混合して、印刷可能なバイオインクを製造。そして、これを非常に細い針に適用し、プリンターで皮膚モデルを層ごとに印刷できるようにし、同時に有毛細胞の堆積のためのチャネルを作成して、有毛細胞を埋め込んだ。
画像引用/Science Advances
上述のプロセスを経れば、時間の経過によって、有毛細胞の周りのこれらのチャネルに皮膚細胞が満たされ、人間の皮膚の毛包構造を模倣することができるだろう、そう論文は結論している。これはまだ概念実証の段階ではあるが、理論上、十分に実現することが可能な内容だ。
ただし、課題も残されている。現在、毛包を含む3Dプリントされた皮膚組織は、約2~3週間しか生存しないことも分かっている。これは毛幹の発達には不十分な寿命だ。したがって、この技術では毛を生やす皮膚移植片を製造することはまだできない。しかし、これらの研究の結果は、その方向における大きな進歩を示しており、研究チームも将来的には毛包が成熟し続けて薬物検査や皮膚移植に使用できるように、皮膚組織の寿命を延ばすことにも焦点を当てていきたいと述べている。
果たして、近い将来、薄毛の悩みは最終的かつ完全に解決されることになるのだろうか。カランド氏たちの研究は少なくともその一筋の光芒となるはずだ。