電気で色が変わる3Dプリント!? ドイツ研究チームが導電性インクの開発に成功
3Dプリントした物体の色を後から電気で自在に変えられたら…そんな未来が現実になりつつあります。
ドイツのハイデルベルク大学とシュトゥットガルト大学の研究チームが、電気(酸化還元)によって色が変わる導電性ポリマーインクを開発し、それをDLP(デジタル光処理)方式の3Dプリンターで高解像度造形することに成功しました。
このインクで作った複雑な二次元・三次元構造物の最大の特徴は、プリント後に電気刺激を与えることで色を変化させることができるということ。従来は難しかった材料での3Dプリント技術が拓けたことで、色が変わる新しい電子デバイスへの道が開けています。
酸化還元で色が変わるインクの仕組み
開発された新種のインクには、カルバゾール基と呼ばれる酸化還元に応答する分子構造が含まれています。酸化還元反応とは物質が電子を失う(酸化)と受け取る(還元)反応が対になって同時に起こる化学反応のこと。そのように書くと馴染みがないかもしれませんが、身近なところではカイロなどもこの酸化還元反応を用いた商品です。
この特殊なユニットが色変化の秘密です。それがあるおかげで、印刷されたポリマー鎖は電子を受け渡し(電子を与えたり受け取ったり)できるようになり、ポリマー内部に電気を通すことが可能になります。そして、ポリマーが酸化状態(電子を失った状態)になるか還元状態(電子を得た状態)になるかによって材料の色が変化するんです。
例えば電圧を加えてポリマーを酸化させると色が付き、逆に還元すると色が薄くなる、といった具合。印刷後の物体でもこの色変化機能は失われず、電気刺激によって何度でも可逆的に切り替え可能です。
光で造形、電気で変色 – DLP方式で高精細3Dプリント
新インクのもう一つのポイントは、それを用いた造形プロセスです。
研究チームはこの導電性インクを、光を使う3Dプリント方式であるDLP(デジタル光処理)に適用しました。改めて説明するとDLP方式では、光硬化性の液体インク(樹脂)にデジタルプロジェクターで紫外線パターンを照射し、層ごとに選択的に硬化させて3Dオブジェを作ります。他の積層造形法に比べて高速かつ高精細に複雑な構造を作れるのが特長で、実際に歯科医療(詰め物の製造など)でも使われている技術ですが、これまでは電気を通すポリマー材料をこの方式でプリントするのは難しく、特に光で硬化させつつ電気機能も持たせる材料設計が課題でした。
今回、ハイデルベルク大学(光造形材料の専門)とシュトゥットガルト大学(導電性ポリマーの専門)の研究者がタッグを組み、インクの材料設計とプリント工程を綿密に調整することで、その壁を乗り越えたのです。
図はDLP方式で電気応答する構造物を製造する概念図。左側では液状インクに紫外線を照射してピラミッド形状を積層造形する過程を示し、右側では完成した構造に電圧をかけて酸化還元反応を起こし、色を変化させている様子を示しています。

(画像提供: シュトゥットガルト大学)
試作デモ:ピクセル配列から3Dピラミッドまで
研究チームはこのインクを使って、さまざまなサンプル構造を実際にプリントしてみせました。例えば、細かな二次元のピクセル配列や白黒のチェッカーパターン(市松模様)、そして小さな三次元ピラミッドなどをDLPプリンターで造形しています。
出来上がったそれらの樹脂製オブジェは、当初はほぼ透明でしたが、電気による刺激(酸化)を与えると淡い緑色に着色し、さらに進行させると濃い緑色、最終的にはほぼ黒色に近い状態まで変化しました。印加する電圧の強さや時間によって段階的に色が濃くなっていきます。

こちらは3Dプリントされた小さなピラミッド構造が電気刺激によって色を変える様子を可視化したイメージです。元は透明な樹脂ですが、電圧を加えるとまず淡い緑色に変化し、さらに濃い緑色を経て黒っぽく暗くなっているのが分かります。この色変化は電圧を戻すことで元の透明な状態に戻る可逆な現象で、何度でも繰り返し切り替えることができます。
また、DLP方式を用いることでピクセルごとの細かな制御も可能になっています。今回プリントした構造物では、一つひとつの小さなピクセル(要素)が独立して色変化するようデザインすることもできました。さらに研究者たちは、三次元構造物において高さ方向(奥行き方向)で区分けして色を変えることも視野に入れており、「構造に応じてピクセルレベルで制御できる上に、建物の高さに相当する3次元方向での制御ができる点が特にエキサイティングだ」とコメントしています。ピクセル単位から立体全体まで、自在に色を操れる3Dプリント材料が誕生したと言えるでしょう。
広がる応用可能性
色が自在に変わる導電性の3Dプリント素材は、今後さまざまなスマートデバイスへの応用が期待されています。例えば次のような分野での活用が考えられます。
- ソフトロボティクス: 電気刺激で形状や色が変わるアクチュエータ(駆動部)や人工筋肉への応用。印刷したロボットの部品が電圧次第で伸縮・発色し、柔らかいロボットの動きや表情を生み出せます。
- スマートディスプレイ: ピクセル単位で色を制御できる表示デバイスへの応用。フレキシブルなスクリーンやサインディスプレイに組み込めば、印刷物でありながら電気信号で模様や文字を自在に変えられる「動く印刷物」が実現できます。
- インタラクティブデバイス: ユーザーの操作や周囲の環境変化に応じて色やパターンを動的に変えるガジェットへの応用。例えば、着る人の意志で色柄が変化するウェアラブルデバイスや、センサーと連動して色で情報を伝えるインターフェースなど、新しいユーザー体験につながるデバイスが考えられます。
研究の今後と展望
研究を主導したEva Blasco教授(ハイデルベルク大学)とSabine Ludwigs教授(シュトゥットガルト大学)は、「高解像度の光造形3Dプリント技術と赤紫色(せきししょく)の導電性ポリマーを組み合わせることで、ピクセルディスプレイやソフトロボット用アクチュエータなどの新しい可能性が広がる」と述べています。
今回示された技術によって、従来は難しかった立体電子デバイスの一体造形が現実味を帯びてきました。今後は印刷できる構造の大きさや耐久性の向上、より多彩な色変化や機能性の追加など、発展の余地が多く残されています。研究チームはさらなる材料の改良や実証デバイスの制作を進め、この技術の実用化に向けて取り組んでいくことでしょう。
今回の成果は2025年11月に科学誌「Advanced Functional Materials」にて公開されており、材料・電子分野の研究コミュニティからも注目を集めています。色が変わる導電性3Dプリント素材は、未来のソフトロボットやスマートデバイスに新たなデザインと機能をもたらす技術として、これからの展開が期待されます。
出典: ハイデルベルク大学・シュトゥットガルト大学のニュースリリース、および Advanced Functional Materials 論文uni-heidelberg.deuni-stuttgart.de。
