米国で「3Dプリントされたチキン」噂が拡散、キャンベル社が公式否定
米国で大手食品メーカーのCampbell’s(キャンベル)社が、思わぬ噂に揺れています。
発端は2025年11月下旬、同社の元幹部社員が秘密裏に録音された会話の中で、同社製スープについて辛辣な発言をしたことです。その元幹部(IT部門の副社長だったMartin Bally氏)は、部下だった元社員との雑談中に、自社の缶スープ製品を侮辱する言葉とともに「スープに入っているチキンは3Dプリンターから出てきたものだ」と語りました。
録音には「うちの製品なんて貧乏人向けのxxxだ。何が入ってるか知った今となっては健康的じゃない。缶スープを見てみろ、バイオエンジニアード(遺伝子組み換えの)肉が入ってるんだ。3Dプリンターから出てきたチキンの一片なんて食べたくない」といった趣旨の暴言が残されていたのです。
この会話は解雇された元社員によって録音・公開され、現地テレビ局の報道をきっかけにインターネット上で瞬く間に拡散しました。特に「3Dプリンターで作られたチキン」というショッキングなフレーズが注目を集め、多くの人々が「キャンベルのスープには人工的なチキンが使われているのではないか?」と憶測し、米国のSNSやニュースで話題となりました。
公式声明「使用しているのは100%リアルな鶏肉」
この騒動を受け、Campbell’s社はすぐに公式声明を発表しました。同社は問題の発言者が実際にBally氏であることを確認した上で、その内容について「事実無根であり非常識だ」と強く非難し、当該人物を既に社内から排除したと明らかにしています。また同社は、自社製品の原料に関する事実を以下のように示し、広まった噂を公式に否定しました。
- キャンベルのスープに使用している鶏肉は、長年取引のある米国農務省(USDA)認定の信頼できるサプライヤーから仕入れた100%本物の鶏肉です。抗生物質不使用(No Antibiotics Ever)の基準を満たした鶏肉のみを使用しています。
- 3Dプリント肉(3Dプリンターで人工的に作られた肉)や培養肉(細胞培養によって作られた肉)など、人工的に作られた肉は一切使用していません。
声明では「当社の食品に対して録音内で述べられたコメントは全くの不正確さに基づくもので、しかも馬鹿げています」として、同社製品の品質と安全性への信頼を呼びかけました。問題の発言を行った人物が食品製造には無関係なIT担当者であったことにも触れ、「当社のスープには昔からリアルな鶏肉を使用しており、我々はその高品質な原材料と商品づくりに誇りを持っている」と強調しています。
なお、米国のキャンベル製品ラベルに表示されている「バイオエンジニアード食品(bioengineered food)」という表記について、同社は「遺伝子組み換え農作物由来の原料を使用していることを示すもので、肉が人工的に作られているという意味ではない」と補足説明しています。今回の件では、この「bioengineered(バイオエンジニアード)」という言葉も誤解を招いた可能性があります。
そもそも3Dプリント肉・培養肉とは? 技術の現状
今回キーワードとなった「3Dプリントされた肉」や「培養肉」とはいったいどのような技術なのでしょうか。培養肉とは、動物の細胞を培養して人工的に増やし、食用の肉を作る技術です(「ラボ培養肉」や「人工肉」とも呼ばれます)。例えば鶏の細胞を取り出してタンク内で増殖させ、屠殺せずに鶏肉を得るという発想で、環境負荷の低減や将来的な食糧問題の解決策として注目されています。
世界ではシンガポールが2020年に世界で初めて培養チキンの販売を承認し、米国でも2023年に規制当局が一部の企業(Upside Foods社やGOOD Meat社)に培養肉の提供を認可しました。ただし、現時点では生産コストが非常に高く、ごく少量が試験的に提供されているに過ぎません。多くはレストランでの限定提供や試食会レベルにとどまり、市販のスーパーや缶詰製品に入るような大規模生産には至っていないのが実情です。
一方、3Dプリント食品とは、3Dプリンター(樹脂や金属の代わりに食品素材を“インク”として用いる特殊なプリンター)で食べ物を成形する技術です。近年、この応用によって代替肉(植物由来の原料や培養細胞のペースト)をステーキのような塊状に「印刷」する試みが進められています。例えば、イスラエルの企業が植物性タンパク質を使った3Dプリント・ステーキを試作したり、スペインのスタートアップが培養細胞を用いて厚みのある肉片を作り出した例があります。こうした3Dプリント肉は確かに実在しますが、まだ研究段階か初期の商業化段階であり、一般に流通しているものではありません。食品としての安全性や味の評価もこれからの課題であり、多くの国では規制の枠組みの中で慎重に少量生産が行われているのが現状です。
要するに、2025年現在、3Dプリンターで作った肉や培養肉が私たちの身近な食品に当たり前に使われている状況にはなく、その技術による製品提供は限定的な実験段階にとどまっています。まして、キャンベルのような大手食品メーカーが日常的に販売する缶スープにこの種の最先端技術の人工肉を紛れ込ませている、といったことは考えにくいと言えるでしょう。
話題になった理由は「新技術への関心と誤解」
ではなぜ、今回のような発言がこれほどまで注目を集めたのでしょうか。その背景には、食品に関する新技術への一般の関心と理解不足があると指摘されています。
3Dプリント肉や培養肉といった言葉は近年メディアで取り上げられ、耳にしたことがある人も増えてきました。しかし具体的にそれが何で、どの程度実用化されているかについては誤解も多く、漠然と「人工的で奇妙なもの」「知らないうちに食卓に紛れ込んでいるかもしれない」という不安を抱く向きもあります。
そんな中で飛び出した「缶スープのチキンは3Dプリント製」という元幹部の暴言は、その都市伝説めいた衝撃的な内容も相まって瞬く間に拡散しました。実際には根拠のない発言でしたが、一部では「大企業が消費者に隠れて人工肉を使っているのではないか」という疑念を呼び起こし、SNS上ではそれを巡って議論や批判が噴出したのです。また、米フロリダ州では培養肉の製造・販売が州法で禁じられていることもあり、この噂を受けて同州司法長官が「事実なら法違反の可能性がある」としてCampbell’s社に対する調査を表明する事態にも発展しました。こうした行政レベルの反応も報じられたことで、さらにニュースとして大きく取り上げられる結果となりました。
専門家は、この出来事について「新しい食品技術が一般に浸透する過程で起こる混乱の一例」とみています。技術そのものは徐々に進歩しているものの、その実態が十分に共有されていないため、断片的な情報や噂が独り歩きしやすい状況です。一度広まった誤情報を完全に払拭するのは容易ではありません。企業にとっては消費者の信頼を守るため、新技術に関する透明性ある情報発信と迅速な対応の重要性が改めて浮き彫りになったと言えるでしょう。
参照リンク
