海底で“その場で造る”|コーネル大学が挑む、水中コンクリート3Dプリントの最前線

海の中は、建設にとって決して優しい環境ではありません。水圧、視界の悪さ、深度による制約──そして何より、海底インフラはすべて見えない場所にあるからです。
港湾構造物、海底パイプライン、ケーブル保護構造物など、水中での施工や修理は想像するだけでもコストも時間もかかる作業です。そんな海底建設に関して、コーネル大学の研究チームが試みている新しいアプローチが注目を集めています。
研究チームが試みているのは「海底で直接3Dプリントして構造物を作る」という挑戦です。
海底で“その場製造”という考え方
この研究を率いるのは、コーネル大学の土木・環境工学准教授スリラミヤ・ネア氏。チームは「陸上で作って海に運ぶ」のではなく、必要な場所で直接構造物を造形する“in situ(現地製造)”方式を開発しています。
もしこの方法が実用化されれば、陸上でのプレハブ製造や大型クレーンによる海上設置、大規模な船舶輸送といった従来の手間を大幅に削減できる可能性があります。
ネア氏は「海を乱さずに建設したい」と語っています。その背景にあるのは遠隔操作型の水中ロボットが静かに現場に入り、必要な構造物をプリントする──そんな未来像です。
DARPAの挑戦「水中でコンクリートを印刷せよ」
このプロジェクトは2024年に始まり、アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)の支援を受けています。DARPAは1年以内に「数メートル水中で3Dプリント可能なコンクリート」を開発するというチャレンジを提示しました。
2025年には、技術的な目標を達成した場合に支給される140万ドル(約2億円)の助成金を獲得。現在は他の5チームと競いながら、最終デモンストレーションに向けて開発を進めています。
最終課題は、水中でコンクリート製のアーチ構造を3Dプリントすること。シンプルに聞こえますが、海中環境では極めて難易度の高い挑戦です。

材料は“海底の土”
さらにDARPAは大きな条件を課しました。使用するコンクリートの主成分は海底の堆積物(セディメント)であること。
セメントの使用は最小限に抑える必要があります。これは輸送コストを減らすための条件ですが、材料的には非常に難しい問題です。これまで、海底堆積物を使って構造用コンクリートを3Dプリントした例はありません。
つまり、材料設計からすべて手探りの状態です。
水中最大の敵は“洗い流し”
水中コンクリートの最大の課題は「ウォッシュアウト(洗い流し)」だと言われています。セメント粒子が水中で拡散してしまい、十分に結合せず、構造が弱くなる現象です。
これを防ぐために化学添加剤を使うことは可能ですが、今度は材料の粘度が上がりすぎてポンプで押し出せなくなります。
つまり、水に流されないこと、ポンプで送れること、押し出した後に形を保つこと、層同士がしっかり結合すること、これらすべてを同時に満たす必要があるのです。
研究チームはコーネル大学内の大型水槽施設で何度もテストプリントを繰り返し、このバランスを探っています。

視界ゼロでの自律施工
実際の海底では、堆積物が舞い上がると視界はほぼゼロになります。そのため、人間が目で確認しながら作業することは困難です。
そこでチームは、センサーによるリアルタイム監視、ロボット制御、自律補正システムを組み合わせ、水中での自動造形を目指しています。
水中では「見えない」ことが前提。そのため、このプロジェクトは単なる材料開発ではなく、ロボティクスと制御技術の融合でもあります。
海底建設の未来はどう変わるか
まだ研究段階ではありますが、この研究が成功すれば、海底パイプラインの補修、港湾基礎の補強、海中構造物の追加建設、洋上風力発電の基礎構造などを、より静かに、より柔軟に行えるようになる可能性があります。
3Dプリントはこれまで、住宅や橋梁、宇宙、医療などに広がってきました。そして今、その技術は地球上でもっとも過酷な建設環境のひとつである“海底”にまで拡張されようとしています。
画像:コーネル大学
