様々に描かれてきたミクロな世界への想像力

2017年に公開された『ダウンサイズ』という映画をご存知だろうか?

舞台は近未来、人口爆発による資源不足、土地不足の問題を抱えた地球において危急の策として生み出された対策案、それは人間を極小化し、ミクロの街に住まわせるというものだった。「ダウンサイズ」と呼ばれるその技術は人間を13cmにまで縮小することができるもので、マット・デイモンが演じる主人公もまた、試験的に設計されたミクロの世界への移住を決める。全てがダウンサイズされた不思議な世界を舞台に展開していくこの物語は、その後、誰もが驚く予想外の結末を迎えることになるのだが…、ネタバレは避けよう。いずれにせよ、映像上で再現されたミクロ世界はなんとも生々しく、ああ、こんな未来もありえるのかもな、と他人事ではない気持ちにさせられたものである。

 

 

この手の想像力がフィクションにおいて描かれることは実は少なくない。映画でいうと『ダウンサイズ』の他にも、ミクロ化した人間がカプセルに入って人間の身体を駆け巡る『インナースペース』(1987)や、ミクロ化した子供達がジャングルと化した自宅の庭を冒険する『ミクロキッズ』(1989)あたりがまず思い浮かぶところだ。あるいは日本人であれば何よりもまず藤子不二雄の名作漫画『ドラえもん』の未来道具の一つ「スモールライト」を連想するという方も多いかもしれない。

だいたい、人間の想像力というものは、宇宙か深海、巨大か極小へと飛躍しがちなものだ。特に極小の世界への憧れというのは根強いようで、海外などにいくと、路傍で米粒に極小の絵を描いて売っている芸人さんをちらほら見かけるし、仏教では古くから修行の一つとして米粒への写経が行われてきたとかこなかったとか。確かにそう考えてみると、小学校の理科の授業においても最も興奮したのは顕微鏡で微生物を眺めたとき(いや、一番はカエルの解剖か)だったというような気がしなくもない。

 

 

このように人間を蠱惑してやまない「小さな世界」なのだが、今、この「小さな世界」を作り出すナノ3Dプリント技術が、ネット上でにわかに注目を集めているのだ。

 

実寸比52万分の1の超極小「戦艦大和」が話題に

発端となったのは、ツイッターにて金属部品メーカー・キャステムが運営するものづくりスペース「京都LiQビル」の公式アカウントが投稿したこちらの写真だ。

 

 

ご覧いただければ分かるように、まず左側の写真を見ると、おそらく男性のものであろう人差し指が写し出されており、指のお腹あたりに1mmもなさそうな小さな白いゴミのようなものが付いているのが分かる。

問題は右の写真だ。メタリックな質感の戦艦だろうか。ディティールまで精巧に作られたこの戦艦は、どうやら旧日本帝国海軍の雛形であったあの「戦艦大和」らしい。軍事にはめっきり疎い筆者にはそれを聞いても「へえ、そうなんだ」くらいにしか思わないのだが、驚くべきはそこではない。実はこの戦艦大和、なんと左側の白いゴミカス(のようなもの)の正体だというのだ。

これには耳年増だらけのツイッター民も大盛り上がり。「めっちゃすげえ」「うにょぉぉぉぉんん」「落としたら終わるヤツ」と驚愕のコメントが相次ぎ、瞬く間に1万RTを突破。投稿主が記した「ナノ3Dプリンター」とは一体なんなのかと、にわかに3Dプリント技術の進化ぶりに世間が刮目しているというわけなのだ。

投稿者いわく、これは52万分の1の超極小ミニチュア「戦艦大和」とのこと。確かにお見事な造形である。果てはテレビにまで取り上げられてニュースで放送されるなど、お茶の間まで巻き込んでナノ3Dプリントがプチフィーバー状況となっているのである。

 

 

 

まだまだある! ナノ3Dプリントの驚愕造形

とはいえ、実のところ、このナノ3Dプリントは必ずしも最近急に出てきた技術ではない。今から6年前の2014年、さらにミクロな作品がひっそりと話題を呼んでいた。

制作者は彫刻家のJonty Hurwitz。通常の彫刻作品も多数手がけている彼は、一方でナノアートと呼ばれる極小アート作品の制作者としても知られており、この時は歴史的に有名な彫刻を3Dスキャンした上で、髪の毛の2分の1ほどのサイズで3Dプリントし、大きく話題となった。

 

 

 

(画像引用 https://jontyhurwitz.com/

 

その気になる技術としては、「カールスルーエ工科大学マイクロストラクチャ技術研究所が、感光性物質を使って3D印刷し、さらに、彫刻の細部を表現するため、多光子リソグラフィーと呼ばれる技術を使って、高集光密度レーザーで凹凸を出した」とのこと。

なんせこの作品で凄いのは、肉眼では完全に視認不可能なところだろう。それどころか、光学顕微鏡を通してさえもきちんとは見えない。つまり、20世紀に発明された電子顕微鏡を通すことによって、初めて鑑賞できるという驚きの作品になっているのだ。これは言い換えれば、「20世紀までは誰にも見ることができなかった」ということ。もちろん、こんなの人力では到底作成不可能である。将棋界を震撼させている人間vsAIの戦争は、彫刻分野でも起こっていたというわけだ(そして人間は惨敗)。

 

 

もちろん、極小3Dプリント技術は芸術分野以外でも活躍している。2019年にはイスラエルの3DプリンターメーカーNanofabricaが、ミクロンレベルの精度をもつ工業用3Dプリンター、Workshop SystemとIndustrial Systemを発売して話題となった。精密機械などの製造に役立つことは間違いなく、今後の進展が楽しみな分野である。

 

Nanofabrica Industrial System

 

あるいは同じく2019年末には、Exaddon AGの超精密な3Dプリンターシステムである「CERES」を使って出力した全高わずか1mmと0.1mmというスケールのダビデ像も話題となっている。なお、このCERESはナノメートル(nm)単位で金属を出力可能なスタンドアロン型の金属3Dプリンターで、ダビデ像を出力した銅に限らず、プラチナ、金、ニッケル、銀などの他の金属でも出力可能らしい。

 

 

その印刷プロセスも見事だ。以下はそのプロセスの再現映像、ご覧いただければ分かるように、ここまでくるともはや魔術の領域である。

 

 

マクロよりミクロが時代の気分

かように、ナノ3Dプリントの世界は日進月歩で進化し続けている、わけだが、さしあたって、普通に3Dプリントを楽しみたい人たちにとっては、今のところそれほど重要な技術でもないだろう。電子顕微鏡越しでしか楽しめないフィギュアを出力してみても、ツイッターへのネタ提供にこそなれ、それ以外の楽しみ方はなかなか見当たらない。

とはいえ、冒頭に書いた映画『ダウンサイズ』のような世界が本当にやってきたとしたら、まさにこのナノ3Dプリント技術が用いられるであろうことは間違いない。あるいは、医療分野などにおいては、ナノレベルでの3Dバイオプリントに様々な可能性がありそうな気もする。さらにいえば、ナノ3Dプリント技術がより進歩していった暁には、スマホやPCみたいな精密機械を一括出力、なんて時代も到来するかもしれない。

大は小を兼ねるというが「ウドの大木」という言葉もある。山椒は小粒だがピリリと辛い、なんて言葉もあった。時代の趨勢としても、どうやらマクロよりミクロが求められているようだ。