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廉価版3Dプリンターの時代へ――「RepRap」の登場

さて、こうして3Dプリンターが生み出されたわけだが、当時はまだ3Dプリンターは一部の人しか知らない先端技術の一つだった。一般層が買うにはあまりに高価なものだったし、製造の現場での導入もその進展は遅々としたものだったのだ。

そこには理由があり、まずは3Dモデルを製作するためのCADがまだ十分に普及していなかったこと、そして3Dプリンティング技術自体が、造形品のゆがみなど、多くの問題点を抱えていたことである。

もちろん、3D Systemsとストラタシスの2社、そして日本の電機メーカーをはじめとする各国の企業も開発研究を進め続けてはいた。しかし、それが世間で真に注目され始めるのは、2000年代も半ばになってからのことだった。

まず、最初に話題となったのは、デスクトップ型の3Dプリンターであるオープンソースハードウェア「RepRap」が登場したことだ。これは世界初のオープンソース3Dプリンターであり、イギリスのバース大学の講師エイドリアン・ボーヤーによって作り出された。ネット上の部品を3Dプリンタで作り、組み立てることで材料費350ユーロでFDM方式の3Dプリンターを作ることができるとされ、これはその後に生まれる廉価版3Dプリンターの雛形となっている。

 

「RepRap」

 

エイドリアンらはその後すぐに控えていた特許の期限切れをあらかじめ見据えていたのではないか、とも言われている。時は2007年、3D SystemsがFDMの特許を取得してから、すでに20年が経とうとしていた。

 

特許終了により始まった3Dプリンター戦国時代

3Dプリンター時代の真の夜明け、これは2007年と2009年に、3D SystemsとStratasysが取得した二つの特許が切れたことによって始まる。つまり、光造形方式、熱溶解積層方式、それぞれの3Dプリント技術に対して、あらゆる人々がアクセス可能になったのだ。

ただし、この特許終了によって3Dプリンター時代が訪れたということに関しては、諸見解もある。というのも、3D SystemsとStratasys、あるいは日本の電機メーカー各社は、80年代後半から90年代、さらに現在に至るまで、基本的な出力技術以外の様々な特許を取得しているからだ。そうした細かい技術に関しては逐一、特許使用料が発生するため、07年と09年の特許期間終了をもってして完全な自由化が進んだとは言えない。

しかし少なくともこの特許切れにより、3Dプリンターの製作コストが低下し、数多くのベンチャー企業が独自に廉価な3Dプリンターを開発、市場に参入することになったのは間違いない。そして、こうした自由競争が始まれば当然、機器の低価格化も進み、技術改良の進化速度も上がっていく。

かつては1台1億円以上していた3Dプリンターが、こうして民間に届くところまで降りてきたのだった。

 

オバマ元大統領が認めたその革新性

こうして3Dプリンターの時代が到来した。2012年は3D Systemsも廉価版3Dプリンター「Cube」を発表。最大手が格安化に踏み切ったことで一気に市場は群雄割拠の時代へと雪崩れ込んでいく。

 

3D Systems「Cube」

 

さらに一般層に3Dプリンターの存在を認知させたのは、オバマ大統領下のアメリカ政府による積極的な3Dプリント技術への支援だろう。一般教書演説でオバマ元大統領が放った「3Dプリンターはものづくりに急激な変化をもたらす可能性がある」という言葉は、3Dプリンター次代の到来を告げる象徴的な言葉として知られている。

同じく2012年にはテック系メディア「Wired」の元編集長であるクリス・アンダーソンの著書『MAKERS』がベストセラーになっている。同書では3Dプリンターが次代の技術の主人公として大きく取り上げられており、日本でもNHK出版より翻訳版がリリースされ、たくさんの人に読まれた。

 

クリス・アンダーソン『MAKERS』(関美和訳、NHK出版)

 

そして翌年2013年には日本の家電量販店などでも3Dプリンターが売られるようになる。ここから先の歴史については、今まさに我々が描こうとしているところだろう。

 

ここから先の歴史を作るのはユーザーの集合知

いかがだっただろうか。かなり駆け足ではあるが、3Dプリントテクノロジーの40年史を振り返ってみた。

もちろん、2013年以降も、低価格化、ハイクオリティ化の流れは続いていて、またフルカラー3Dプリンターの台頭や、各専門分野で3Dプリント技術が様々な役割を果たしていたりとニュースは尽きない。しかし、これはまさに現在進行形のプロセスにあり、「歴史」として俯瞰するには時期尚早だ。

そして、最も重要なことは、今、3Dプリンターユーザーである皆さんが、ここから先の歴史におけるメインアクターであるということだろう。3Dプリンターの大元となる技術をつくり出したのは一人の個人であったかもしれない。しかし、その技術をここまで育て上げたのは、間違いなく、無数の人々の集合知によってだ。

どうか皆さんも、自分自身もまた歴史のクリエイターなのだという自覚を持って、アグレッシブに、クリエイティブに、3Dプリントテクノロジーを楽しんでほしい。

 

(SK太郎)