「それは本当にユートピアか」とアートは問う

顔認証システムというものがある。分かりやすい例としてはiPhoneに搭載されている「アレ」だ。カメラを使って友人を撮ろうとすると、顔の周りに表示される黄色い四角い枠、あの「アレ」。あの黄色い枠は、そこに顔があることをiPhoneが認識していることを示しており、なおかつ、撮り終えた写真をアルバムに入れておくと、認証した顔面データをもとに、人物ごとに腑分けまでしてくれるのだから、実に便利である。まさにユビキタス社会だ。

 

 

一方で、テクノロジーの進化にはいつも裏面がある。たとえば、この技術をある権力が人々を巧みに管理するために使ったとしたらどうだろうか。街中の各地に設置された監視カメラが、常に誰が何時にどこで何をしていたのかを全て記録し、管理していったら? そうして集められた行動パターンのデータをもとに、より完璧なシミュレーションと統治が行われることになったら? なんて言ったら、いささかSF的過ぎるだろうか。

実はアートの世界では、こうした顔認証システムによる監視国家化に対抗するような、すでに様々なアプローチの作品が作られている。代表的なところで言えば、アダム・ハーヴェイの「CV DAZZLE」と呼ばれる作品だ。この作品では、顔面にメイクを施すことによって、顔認証システムを撹乱することが試みられている。具体的には、AIが顔を認証する上で用いているパターンを逆手に取り、ピンポイントで化粧を施すことによって、AIには顔と認識されない顔へと変貌させているのだ。

 

アダム・ハーヴェイ「CV DAZZLE」

 

あるいは、日本の村山悟郎の作品「環世界とプログラムのための肖像」も、そうしたアプローチの内の一つだろう。村山はこの作品において、人間には顔に見えないけれど、AIは顔として認識してしまう絵を、複数製作している。加えて、人間には顔として認識されるけど、AIには顔として認識されない変顔の写真を複数撮影し、それらを並べて展示して見せているのだ。

 

村山悟郎「環世界とプログラムのための肖像」

 

いずれも、巧妙に張り巡らされた監視システムの穴を探る、とても興味深い試みなのだが、実は3Dプリンターの世界でも、すでに数年来、顔認証システムとの攻防が繰り広げられているようだ。その現況を「3D Print.com」がまとめていたので、ここでも少し俯瞰してみたい。

 

3DプリンターとAIの攻防戦

端緒となったのは、2017年、ベトナムのサイバーセキュリティ会社のBKAVが、3DプリントされたマスクでiPhone Xの顔認証システムを騙すことに成功したことだ。この事実は大きく波紋を呼び、ニュースを受けた他の企業も続々とこのトライアルに参加、すぐさまAndroidのシステムでも騙すことに成功したという報告がなされると、顔認証システムはたちまち、その不完全性を暴露することになった。

 

 

さらに、アーティストもあとに続いた。スターリング・クリスペンが製作したのは、顔とは認証されるものの、匿名の存在になることができる3Dプリントデータマスクだった。これによってクリスペンは「政府やSNSの監視から顔を隠すことができる」としている。

 

スターリング・クリスペンの3Dデータマスク

 

また先日にはオークランド大学の教授であるオーラフ・ディガエルが、学生たちと共にMimakiの3Dプリンターと3Dスキャンを使用して顔のコピーを作成、顔認識システムを欺けるかを試した。そのコピーの出来は肉眼にも素晴らしい。もちろん、AIはいとも簡単に欺かれてしまった。

 

オークランド大学の教授オーラフ・ディガエル

 

もちろん、そうなれば、システム自体の存続が危うくなる。顔認証システムを提供する側も、日夜、技術を磨き、さらなる精度において、リアルとフェイクを分別する技術の発達を目指している。あるいは、別の角度からの対策も練られ始めている。法律による制限だ。しかし、どうやって? たとえば顔面3Dプリントを禁止する? あるいはプリントされたものに、スキャナーが偽物と読み取るなんらかの刻印を義務付ける? 落とし所は見えていない。

 

テクノロジーの横道をいかに使うか

現在、顔認識システムは急速に広がりを見せている。iPhoneなどのスマートフォンはごくごく一例に過ぎず、機密性の高い設備へのアクセス制御や、万引きなどの前科があるものを監視カメラで特定する防犯システム、あるいは警察が事件の被害者や加害者を素早く特定する上でも、顔認証システムが駆使されている。膨大量の顔写真データを保有するFacebookもまた、そうした技術のためにデータ提供を行っており、たとえば中国のアリペイで知られるAnt Financialは現在4億ドル以上も使って支払いに顔認識を使用する準備を進めているところらしい。

 

 

一部ではこの技術が進めば、「もはや街中に警察がいる必要はない」とさえ言われており、こうした時代を肯定的に捉えるか否定的に捉えるかでも、世論は二分している。

しかし、3Dプリントマスクの様々な例が示しているのは、いかに監視技術を肯定し、推し進めて見たとしても、そこには横道が必ず生じるということだろう。その横道は、権力の監視から逃れるレジスタンスの横道かもしれないし、他人の顔を偽造して悪事を働くバンディットの横道かもしれない。どんな技術も、あるいはそれに対抗する技術でさえも、使い手次第でその性格はガラリと変わる。

その上で最も大事なことは、まずその技術についてをきちんと「知っておく」ことだろう。良いも悪いも、判断はその後でも遅くないのだ。3Dプリンターとその技術が、来たるデジタル監視時代においてサバイバルの「武器」となることは間違いなさそうだ。

 

 

(文/SK太郎)

 

参照記事

Facial Recognition and 3D Printing Collide