多様化するアートと3Dプリンター

かつて「アート」と言えば主に絵画や彫刻のことだった。しかし、現代においては「アート」という言葉が指し示す範囲は非常に広い。

たとえば、演劇性の高いパフォーマンスアートや地形を用いたランドアート、あるいは映像や音楽を駆使したメディアアートなどの登場は、「アート」の主要な形式を一点ものの絵画や彫刻から空間全体を使って表現するインスタレーションへとシフトさせた。

 

ランドアートの代表作であるロバート・スミッソンの「スパイラルジェッティ」(出典:wikipedia)

 

ビデオアートの元祖と言われるナム・ジュン・パイクのテレビ彫刻(出典:wikipedia)

 

さらにここ20年では鑑賞者との関係性や社会活動そのものを作品化するというソーシャリーエンゲージドアート(SEA)が注目を集めており、一方には視覚ではなく嗅覚に訴えかけるオルファクトリーアートなどまでありと、実に百花繚乱、あれもこれも「アート」というヴァーリトゥードの様相を呈している。

このような多様性に富むアート業界において、アーティストたちが現在、競うように3Dプリンターを制作ツールとして使い始めているということは、以前にも紹介した通りだ。

 

2020年に注目すべき3Dプリンターアートを厳選紹介── オラファー・エリアソンからろくでなし子まで

 

特に立体造形に関しては、3Dプリンターという技術によって初めて可能になった造形もあり、注目度が高い。あるいは3Dスキャンしたデータをそのまま3Dプリントすることが可能になったことによって、対象を写実的かつ立体的に再現すること自体の意味合いは明らかに変わったとも言えるだろう。それはかつて写真機の登場によって絵画の存在理由が根底から問われ直したのと同様だ。テクノロジーはえてして「アート」の世界に改革をもたらしてきたが、3Dプリンターもまた様々な意味で「アート」の世界全体に大きな影響を与えているのである。

 

かつての名画を3Dプリントによって立体的に再現

一方で今、3Dプリンターと「アート」の新しい関わり方も模索されている。たとえば、3Dプリント技術による新たなる価値創出を目指すベンチャー企業メルタは、来たる11月3日、文化の日にちなんで、3Dプリンターで製作した「3Dプリント名画」の公開オークションを実施することを発表した。

これは、ある意味で、アートの世界の外側からのアートの再解釈である。再現された「3Dプリント名画」は、いずれも歴史上の重要な名画だ。レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、葛飾北斎の「富獄三十六景」、サルバドール・ダリの「記憶の固執」。アートの歴史に明るくなくとも一度は目にしたことがあるような有名作ばかりである。

 

出典:メルタ

 

名画の3Dプリンティングということで言えば、2016年にゴッホの名画を3Dプリンターで再現して話題になったことがある。その再現度の高さは実に見事なもので、複製絵師たちは皆悲鳴をあげたのではないだろうか。今あらためて見返しても、唸らずにはいられない出来栄えである。

 

Verus Art Creates Fully Textured 3D Printed Reproductions of Famous Paintings

 

ただ、今回の試みの面白さは、本来2Dのそうした作品を3Dで、つまり、正面に加えて、側面や背面へと向かう奥行きを想像的にモデリングし、立体再現しているというところだろう。その再現度のほどはというとまだまだ技術的錬磨の余地がありそうだが、とはいえ、すでに評価のかたまっている見慣れた作品に、これまでとは異なる鑑賞可能性を開く試みとしては実に興味深い。

 

斜め横からの角度(出典:メルタ)

 

メルタ代表の濱中拓郎氏は「『あの絵画を立体にするとどうなるのだろう?』という好奇心を出発点に」したという。制作にあたっては、ストラタシス・ジャパンが全面協力、使用した3Dプリンターは、フルカラー&マルチマテリアル3Dプリンタ「Stratasys J850」で、出力物には研磨加工装置で表面処理を施したそうだ。

 

Stratasys J850

 

このオークションは「ヤフオク!」にて行われ、売上金額は博物館、美術館に寄与されるそうなのだが、果たして、いくらで落札されるのか。興味のある方は是非このオークションに参戦してみてはどうだろうか。

あるいは、3Dプリンターユーザーの方であれば、自分の好きな絵画を3Dプリンターで立体化するということに挑戦してみるというのもありかもしれない。フランドル絵画好きの筆者としては、ヒエロニムス・ボッシュやハンス・ブリューゲルの絵画がもし3D立体作品化されたならば是非とも一度見てみたい(欲を言えば欲しい)。我こそはという猛者がいらっしゃったら、是非に。

 

ヒエロニムス・ボス「快楽の園」